愛していたよ、誰よりも
- 愛していたよ、誰よりも -
「あ、コイツ、僕のこと好きだな」と気づいたのは些細な出来事からだった。
気づいてしまってから、ハリーはドラコを見るたび、馬鹿だな馬鹿だなと思うようになった。
どれだけドラコが必死になってるか手にとるようにわかって、やっぱりあの日の直感は事実なのだとその度思い知るのだった。
ドラコの恋とも呼べない執着に気づいたのはなんの変哲もないある日の朝だった。
その日ハリーは早朝クィディッチ練習ですでにくたびれて少し機嫌が悪かった。
それもそのはずだ。いったいどこの誰ならば、上機嫌でびしょ濡れになれるのだろう。
でも仕方なかった。アンブリッジのせいでグリフィンドールが競技場を使用できるのは悪天候時か、早朝または夜だったから。
楽しいはずのクィディッチが、気持ちよくプレイ出来ない。それはハリーの気分を鬱屈とさせた。
だから、全ての元凶、スリザリンの紋章か視界に入っただけで、眉間に深く皺を刻んだのも無理はなかった。
無言で朝食を食べていたハリーはうげっと舌を出し、あからさまに視線を逸らした。
大広間の入り口にアンブリッジ親衛隊が姿を現した。
やたらとでかい集団の先頭にドラコがいた。彼はハリーを見つけると嬉しそうに側へ寄ってきた。
「やあポッター。ちょっと朝見かけたんだけど、グリフィンドールは随分泥くさい練習をしてるんだな。やっぱり質を練習量で補ってるのかい?」
片頬を吊り上げてドラコは嫌な笑みを浮かべた。ハリーは無意味にかき混ぜていたオートミールから匙を引き上げ一口食べた。
「どっか行けよ、マルフォイ」
ハリーの向かいでトーストを齧っていたロンがシッシッと手を払った。
「なんだ、ウィーズリー。僕はポッターに同じ選手として話しかけたんだ。チームにも入れてないやつが口を挟むな」
ドラコのせせら笑いにロンがナプキンを握りしめた。
ロンがチーム入りを切望しているのを知ってるハリーは絶対にドラコを見ないようにしながら、また一口オートミールを食べる。
自分が庇ったらロンのプライドがさらに傷つくと知っていたから、せめてもと徹底的に無視してやった。
ハーマイオニーも胡乱げな目でドラコを睨んでいる。
しかし彼が表情を変えたのはハリーの態度に対してのみであった。ドラコの顔が苛立ちで白くなる。
ドラコはハリーの右脇へ回り込み、肩を強く引いた。
「僕を無視とはいい度胸だな、ポッター」
引くと同時に顔を覗き込まれる。その時見えたドラコの目尻の赤みと、苛立たしげに歪んだ口元、力の入った目頭にハリーはスタン・シャンパイクを思い出した。
パッと頭に浮かんだスタンは、去年のワールドカップでヴィーラの気を惹こうと必死だった。
姿形は全然似ても似つかないのに、どうしてかドラコとダブって見えた。
そこで、「あ、コイツ、僕のこと好きだな」とハリーは直感したのだ。
他愛もない気づきだった。知ったところで何かが好転する訳でもない秘密だった。ハリーにも誰にも価値がない情報だった。
だから、気づいたと同時にハリーはそれを胸の内にしまった。
空いてしまった間は「質より量の本家的にはどうなの? 僕たちの練習」という言葉で埋めた。
それからだ。それ以来ハリーはドラコに関わるたび、彼の持て余した感情の片鱗を見つけてしまった。
馬鹿だな、といつも心底呆れていた。
そう、ずっとずっと呆れ続けてきた。
マルフォイの館で拷問されかけた時も、悪魔の火から命からがら逃げた時にもひょいと覗いたドラコのみっともなくて浅はかな恋の表情に、ハリーはもう馬鹿だなとしか思えなかったのだ。
だから、そう、最後の戦いで逃げ惑っていたドラコも、馬鹿だったから、本当に。
もう懲らしめてやろうなんて思えなかった。
この感情にどうしても名前をつけなくてはいけなくなったらハリーはこれを「諦め」と呼んで恋と自覚するだろう。
そういう「馬鹿だな」を後生ずっと持っている。
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