黒は似合わないって君が言ったんだ


闇の帝王が禁じられた森から歩いてくる。
僕はそれを正面玄関で待ち受けていた。
傍ではゴイルがいまだに泣きじゃくっていた。
後悔したって僕らには何も残らない。
今更悔やんだところで魔法界は僕らを許さないだろう。
もし仮に、あのお優しいポッターが僕を許したとしてもだ。
緑の目が脳裏を横切って、僕は顔を顰めた。
重苦しい風がどっと吹いて、髪をバサバサと揺らした。
僕は砂埃が目に入らないよう、咄嗟に横を向く。
「何? こんなところで虫でも観察してるの?」
夏の日差しを幻視した。少女の揶揄うような声が聞こえた。
正面玄関から伸びる回廊に、一人の少女の姿を見た。彼女は意地悪そうに笑って、立ちくらみでうずくまる僕の目の前にしゃがんだ。
まるで逆転時計で過去に戻ったように、僕とポッターの白昼夢が見えた。
その日は、常識はずれに暑い日だった。初夏の季節に間違えて真夏日が迷い込んだのかと思うくらいに暑かった。
運悪く僕は真っ黒な格好で炎天下を出歩いてしまった。立派な仕立ての洋服は生地もしっかりと上等だった。そのせいで空気が逃げず、体温の上昇に耐えきれなくなった僕は誰もいない回廊で座り込んだ。
情けない姿だったが、ぶっ倒れるよりマシだと言い聞かせて、僕は目眩が治るまでじっとしていた。
雑踏が遠くに聞こえるくらいで周囲に人の気配はなかったから、僕は完全に気を抜いていた。
だから頭上から聞き慣れた声が降り注いで来た時、反射的に舌打ちした。
「ご挨拶だね」
女物の黒いローファーがつま先を鳴らす。
若干気分を害した様子で、ポッターが僕を見下ろしていた。
「その服、おニューなのかい? 真っ黒な格好でこの陽気の中出かけたら体調不良起こすって考えつかないくらい気に入ってるの?」
嫌見たらしく彼女が続ける。いつものお返しと言わんばかりだった。
僕は言い返したかったけど、気分が悪くて口を開けなかった。
僕が押し黙っているのを見て、ポッターが興味深そうにしゃがんだ。
「君、本当に具合悪いんだね。大丈夫?」
心配の色を浮かべた目で、ポッターが僕を覗き込んだ。
「大丈夫に見えるのか? 節穴だな」
とつっけんどんに返す。鼻で笑ってやりたかったけど、そんな余裕はなかった。
ポッターは無言で立ち上がった。愛想を尽かしたのだろう。
早くどっかいけ、と僕は心の中で悪態をついた。
しかし予想に反して彼女はもう一度屈むと、腕を僕の肩の下に入れた。
「何をする気だ?」
僕は呆然と問いかけた。
「置いてけないだろ。医務室でいいね」
ポッターが無愛想に呟く。
そのままぐいっと引っ張り上げられた。
ポッターはしっかり僕の腰に手を回すと、不機嫌な顔で歩き出した。
もたれかかった彼女の肩は頼りなかった。薄く骨張っていてあんまり体重をかけたら折れるんじゃないかと不安になるほどだった。(折れたところで僕は笑ってやるだけだが)
足を重そうに持ち上げて、ポッターは一歩一歩進んでいく。
僕は惚けたまま、それに引きづられていった。
暑い夏の日だった。
ギュッと目を閉じて、思い出の後ろ姿を見送った。
闇の帝王はもう眼前に迫っている。泣きじゃくるハグリッドが小柄な人物を抱えているのが見えた。
黒い巻毛がこぼれ落ち、腕は力なく垂れ下がっている。
ポッターだ。禁じられた森で命を散らしたと知っていたが、こうして亡骸を見ると実感が押し寄せてくる。
もう彼女の緑の目が僕を見ることも、憎々しげな声が言い返してくることもないのだ。
嬉しいような物足りないような、そんな気持ちになった。
感情が混濁して、表情がひきつれる。
僕はアイツが嫌いだった。ずっと嫌いだった。
その嫌いの場所がポカンと抜け落ちる。
冷たい風が目尻を撫でた。
「君って黒い服ばっかり着てるけどさ、もっと淡い色の方が似合うんじゃない?」
額に浮いた汗を拭って、記憶の中のハリーが笑った。


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