宇宙のかなたで君と死ぬ
全てが丸く収まる、なんてそう簡単にはいかない。
伝道者を下して、大災害を免れはした。だが地球が受けたダメージまで全て帳消しとはいかなかった。天照の再生力も元はと言えばアドラ由来のもので、伝道者がいなくなってしまった今ではそのエネルギーも容易く使えるものではなくなった。
資源にエネルギーに居住可能な土地。それらがなくなるのがもはや秒読みとなった時、とうとう人類は地球から脱出する計画を立てた。残された資源、エネルギーを使って転住出来そうな水の惑星を探す。失敗すれば滅亡の一か八かの賭けであった。
森羅はその捜索隊に選ばれた。未だ僅かでもアドラに接続できるのは森羅だけであったからだ。同じく10代の能力者と、宇宙航行に必要な技術者、科学者、物理学者その他50名ほど。奇しくもその枠にアーサーが滑り込んだ。プラズマを発生出来る火力を買われたらしい。
オグンや環、他の第八メンツは招集を蹴った。故郷や家族を置いては行けないということだった。
「絶対に第二の地球を見つけて帰ってきますので。」
打ち上げの日、見送りに来た既知の仲間たちに向かって、森羅は誓った。みんな少し寂しそうな顔で笑った。
「おお、頼んだぞ、森羅!」
桜備が力強く森羅の肩を叩いた。
「俺たちもなんとか地球でやっていけるように頑張るからな。」
ヴァンカンも親指を上げて受けあった。
「森羅とアーサーに任せとけばそっちは大丈夫って信じてっから。」
オグンの抱擁に、ちょっと森羅は切なくなった。長い旅を予感した。
「フッ新天地の開拓は騎士王である俺の責務だからな。」
森羅の後、オグンに肩を組まれたアーサーが自信たっぷりに言い切った。
「身体に気をつけてくださいね。」
「宇宙空間だとすぐ筋肉が衰えるから訓練を欠かすなよ。」
茉希と火縄の激励に、大きくうなづく。
「アイリスに怪我させんなよ!」
ぎゅっぎゅっとアイリスに抱きついている環が森羅たちに念を押した。
「わかってる。」
アイリスと火華も、森羅と共に宇宙に行く。アイリスはシスターとして、火華は灰島所属の科学者として、それぞれ役割を得ていた。
仲間との別れを惜しんでいる内に、搭乗の時間になった。森羅はロケットに乗り込み、身体を固定した。
隣にはアーサーが座っている。森羅は無言で目を閉じた。灰島の機関員が、森羅たちの装備を点検し、留め具の確認をしていく。機関員がコックピットから出ると、空気の抜ける音がして扉ががっちりとしまった。
始まった10カウントに、森羅は走馬灯のような思い出を見た。
………
真空は完璧な無音を作り上げる。無事打ち上げに成功して、森羅は宇宙を航行していた。一週間ほど経てば無重力空間にも慣れた。狭い船内では筋トレの他、科学者の計測を手伝う程度しかやることがなかった。まず火星を目指すと火華が言っていたが、地球から火星まで、四ヶ月ほどかかるらしい。アドラバーストの原理を使って高温ガスを作り出してそれを推進力に使ったエンジンは画期的な発明だったなどとの説明もされたが、学校教育以上の数学がわからない森羅はもう説明を忘れてしまった。
隣で聞いていたアーサーは早々に白目を剥いていて、その変顔の方が記憶に焼き付いている。
「火星には何があるんだ?」
非技術員同士、共に過ごすことが多いアーサーが、船の窓から無限の宇宙を眺めながら聞いてきた。
「水があるらしいぜ。ほぼドライアイスらしいけど。」
壁につかまりバタ脚みたいなトレーニングをしている森羅が答える。重力がないこの場所で、出来るトレーニングは動くことだけだった。
「つまり星につかない限り俺の出番はないと。」
「うん。プラズマが必要にならない限り当分ない。」
「そうか……」
やることがなくて暇しているらしいアーサーがガックリと項垂れた。森羅はちょっと笑った。
こんな風に、旅の始まりはそれほど暗いものではなかった。
ようやく火星にたどり着き、乗組員は久々に地表に降り立ち、体にかかる重力に少しぐらついた。資材をロケットから降ろして、森羅たちは基地を作り上げた。
「俺の城としては申し分ないな。」
「結構快適だよな。」
オールウェイズゴーイングマイウェイなアーサーは火星に来たとて何も変わらず騎士節を発揮していた。非技術要員である10代能力者組は科学者たちが忙しそうにいろんな機材を組み立てているアシスタントとしてせこせこ動き回った。
そうしてしっかり調査できるようになった途端、大人たちの顔に深刻な表情が良く浮かぶようになった。
「火星に大気を作るのは不可能だ。」
ある日乗組員全員を集めて火華が重々しく告げた。それが何がまずいのかわからない10代にも彼女の表情からまずいことになっていると感じ取った。
「ここでは人類が繁栄出来ない。我々だけここで暮らしていく資源はあるが、どうする?」
答えを求めているはずの火華の声は確信に満ちていた。森羅も答えるまでもないと思った。
先に進む、それしかなかった。
再び宇宙船に乗り込んで、捜査隊はさらなる旅を続けた。もしかしたらこれはただの逃避行だったのかもしれない。現実的に火星に希望が見出せないと分かった瞬間から、捜査隊の雰囲気はグッと落ち込んだからだ。
銀河系の果てまで、彗星の巣まで、どこまでも静寂の中を森羅たちは進んでいった。
そして、やがて燃料が怪しくなってきた。元より片道切符だったのだろうか、だからこその少人数だったのだろうか。構成員が家族がいないものばかりだったのも、そのせいなのだろうか。
僅かな可能性は僅かでしかなかったのか。
明かりの落とされた船内は寂寞感に包まれていた。森羅は一人、寝台の上で膝をかかえていた。
「天照のリンクが切れたんだ。」
森羅は気付いていた。この宇宙船の炉の火が絶えようとしていることに。そして、自分はそれを再び燃やすことができることに。
他の誰も、森羅がそれを出来ることには気付いていないだろう。おもむろに寝台から降りて、壁を伝い、宇宙船の中心部へ向かう。
硬く閉じた鋼鉄の扉にそっと触れた。ひやりとした感触が、森羅の意識をよりクリアにした。
地球にもう人類を支えるだけの余力はなかった。残してきた人々はあのまま星とともに滅ぶのだとこの宇宙航行で森羅は気づいてしまった。
科学者たちの手伝いをして得られる知識はその核心を森羅にもたらした。
もうこの船にしか人間が残っていないのなら、森羅がすることはただ一つだった。皆を守る、ずっとヒーローとして生きてきた故に覚悟はたやすかった。
炉の扉を開ける。ごぉっと水の渦巻きが森羅を包んだ。さあ、一歩足を踏み出そうとしたとき、背後から森羅を呼び止める声がした。
「行くのか?」
「アーサー。」
いつの間にかアーサーがそばにいた。靴下を取りに来た、みたいな調子で覚悟を問われて、森羅は拍子抜けした。
寂しくも悲しくもなかったけど、なんとなくちょっと怖かった。もう一人きりになるというのが、実感としてやってきていた。
第八に来てからずっと人に囲まれていたから、久しぶりに孤独がすぐそばに来ていて、それと永遠に一緒にいる選択をしたのが少しだけ、足を淀ませた。
「俺も一緒に行ってやろう。」
炉のふちに立つ森羅の背にアーサーの手が添えられた。
「本気か?」
アーサーの顔を見上げる。彼は相変わらず何を考えているかわからないぼんやりした表情で炉の中を見下ろしていた。
「俺は一人でも騎士として生きていけるが、悪魔が寂しいだろうからついて行ってやる。」
言うが早いがアーサーが森羅の肩を組み、思いっきり飛んだ。森羅はあ、とも思う暇もなく熱い水素の中に突っ込んだ。
星のきらめきは暗闇のかなたから。真空を満たす暗黒を。果てのない場所まで向かっていく。宇宙の始まりは水素から、燃え盛る太陽も水の元。
水の渦に消えた二人は、再び星のかけらとしてぽかりと空いた穴を埋めたのだった。
0コメント