1-10 花は語らない

朝も早く、窓の外は白い靄に包まれている。ハリーはまだ自分の部屋で眠っていた。

早起きな妖精たちはすでに働き出している。冷えた家を温めるためストーブに薪をくべ、朝餉の用意を始めていた。

裏の森から小鳥の歌声が聞こえてくる。原っぱには霜が降りて、朝焼けにキラキラと光っていた。

だんだんと太陽が昇って、二階の部屋にも日が差し込んだ。分厚いカーテンの隙間から眩い光が忍び込んでくる。

遠慮を知らないその光に顔を明るく照らされて、ハリーはうなりながらもぞもぞと動いた。だんだんと呼吸が浅くなる。

覚醒が近いのだろう。台所でやかんがけたたましく鳴いた。その音に促され、ハリーはパカリと目を開けた。

「今日のお見舞いには先生もついてくるんだって。」

朝食をとりながら、ハリーは妖精たちに言った。

口いっぱいにローストビーンズをほおばっていたので、クリーチャーがじろりと彼女を睨んだ。

「それでしたら、マダム・バグショットの煙突を使わせていただけて、楽でございますね。」

ハリーのためにすっかり朝食を整えたベルは今、食後のお茶を淹れていた。

すがすがしいペパーミントの香りがガラスのポットから漂う。

目覚めをすっきりさせるらしいから飲んでみたいと、リリーの手記から知識を仕入れたハリーが所望したものだ。

「うん、もう得体のしれないお店の暖炉使うのやだからうれしい。いっつも煤がべっとりなのに、スネイプったら全然気にしないんだもの。」

ハリーは早々に朝食を平らげ、マグカップを手に取った。

「いい匂い。」

「お嬢様が育てたペパーミントですよ。」

ベルがいそいそと手を拭き、ハリーの向かいに腰掛けた。

「上手く育てられてよかった。母さんってガーデニングが趣味だったのかな。」

リリーの日記には様々なハーブの効能と育て方、採取の仕方が事細かに載っていた。

冬休みの初めにそれを見つけたハリーは、空っぽになっていた温室で簡単なハーブを育ててみることにしたのだ。

小さいながらもきちんと温室らしい一通りの効果が備わっていたので、初心者のハリーでも使いやすかった。

そもそもペパーミントは繁殖力が強いらしく、水と気温を気を付けてやればすごい勢いで増えるのだそうだ。

「ベルがここにいらしましたのは奥様が入院されてからなので、お分かりになりません。」

「そうだよね……うん、今日イケそうだったらスネイプに聞いてみるよ。」

申し訳なさそうに縮こまるベルを遮って、ハリーはうなづいた。

リリーのことはスネイプに聞くのが一番だ。なにせ幼馴染なのだ。夫であるジェームズより付き合いが長い。

マグカップを大きく傾けて、ハリーはお茶を飲み切った。

時計が10時を回ったころ、ハリーは身支度を整え家の玄関に立った。

「いってきます!」

大きな声で妖精たちに挨拶をして元気に砂利道を駆けていく。

薄く積もった雪にハリーの足跡が点々と残っている。まだ世界は目覚めたばかりで、空も風も眠そうだった。

その中でただ一人元気いっぱいのハリーは、走る必要もないのにどんどん駆けていく。

彼女の口から、息が白く凍って後に引いていた。

あっという間にバチルダの家にたどり着いたハリーは遠慮もなしに玄関から中へ入った。

エントランスを抜けて居間に入ると、家主はすでに準備を終えて暖炉の脇で読書をしていた。

「おはよう先生!」

いつもなら彼女が気付くまで声をかけないが、今日は約束があるのでハリーは勇んで挨拶した。

本に没頭していたバチルダの耳にハリーの晴天みたいな声が刺さる。

バチルダは思わず頭を傾げ額を抑えた。

「……おはようハリー。もう少し静かに声をかけてくれると助かるんだけど。」

読んでいた本にしおりを挟み、積み重ねた本の天辺に置く。老眼鏡を外して向き直った教え子はバチルダの小言など気にもせずにこにこと笑っていた。

「ごめんなさい、先生。待ちきれなかったの。」

ハリーの鼻の頭は寒さで真っ赤になっていた。髪もほつれて顔に張り付いている。

どれだけ彼女が急いできたのか手に取るようにわかる風体だった。

「まぁ久々に母に会えるとなれば急く気持ちも分かります。行きましょうか。」

肘掛けに除けてあったショールを肩に巻き、杖を手に取るとバチルダは緑色の粉を暖炉に振りかけた。

「さ、先に行きなさい。ちゃんと聖マンゴと発音するのですよ。」

「はい。」

ハリーは慣れた様子でエネラルドグリーンの炎に入り、はっきり「聖マンゴ!」と叫んで消えた。

バチルダも自分の分の粉を入れて、後を追った。

病院はそこそこ盛況だった。きっとシーズンなんて関係ないのだろう。いろんな魔女や魔法使いがロビーを行き交っている。

バチルダと並んで中を見回していたハリーはすぐ見慣れた黒い姿を見つけた。

さっさと洋服の裾を払い、煤を落とす為に顔をこする。

「先生、スネイプ教授がいたよ。」

とバチルダの袖を引き彼を指さした。

「あら早いわね。まだ約束まで15分はあるでしょう?」

「多分1時間前から来てたよ、母さんのことに関しちゃ、スネイプ教授変だから。」

「ま、せめてもう少し声を落としなさいな。」

こそこそとこちらを見ながらささやき合ってる二人組にスネイプが気付いた。

イヤそうな顔を隠しもせず近づいてくる。

「ここが校外なのを感謝するべきだなポッター。でなければ我輩は20点減点していた。」

「ほら、先生。スネイプ教授ったらこんなに職権乱用するんだよ。」

「私だってたまにあなたから減点したくなりますよ。」

「え、そうなの?」

親に言いつける子供みたいなことを言うハリーをバチルダがたしなめる。

スネイプはさらに眉間のしわを深くした。

それを見たハリーが

「スネイプ教授、しかめ面選手権があったら優勝できそうですね。」

と悪気なく言うのでバチルダはすぐさま

「お黙りなさい。」

と彼女の口をふさいだ。

しかし時すでに遅し、生意気なハリーの台詞をしっかり聞いたスネイプが意地悪そうに瞳を瞬かせた。

「おやおや、その目上の者への態度、さすがジェームズ直伝だけある。上を下に置く扱い、堂に入っているではないか。」

「もちろん、ホグワーツでもしっかり学んでいますから。」

多少の小言は何処吹く風と、ハリーはスネイプの口撃を躱して先頭切って歩き出した。

彼女がいないと病室に入れないのでスネイプも渋々付いていく。

バチルダは猫と犬のような二人にため息を吐いた。

綺麗に磨き上げられた廊下を通り抜け、ハリーは母親の病室の前に立った。

そっと手の平をドアノブに当てる。ガチャリと音がして、鍵が空いた。

「いくらダンブルドアでも、見舞客を制限するのはいかがなものかと思うが。」

「でもそうしたらスネイプ教授は私を置いていくでしょ?」

ここにいない扉の番人にスネイプが苦言を呈する。確かにこの仕掛けは彼にとって防壁でしかない。でもハリーにとってはダンブルドアからの気遣いだった。

「……」

「無言は肯定ですよ、教授。」

むっつり押し黙ったスネイプを放ってハリーはさっさと中に入った。

部屋の中は清浄な空気に満ちていた。ほの明るい部屋の中で、リリーはまだ眠っていた。

ハリーは母親の脇によると、胸の上に組まれている手を握った。

「母さん、久しぶり!元気だった?僕は学校で楽しくやってるよ。」

ハリーより冷たいとはいえ、リリーの手は温かかった。

呼吸によって上下する布団にも安堵する。ハリーの母親はまだ確かに生きていた。

年齢を感じさせない円やかな頬にキスをする。御伽噺の姫のように、呪いが解けたりしないかと微かに祈ってしまう。

ハリーはじっと母親を見つめた。穏やかな寝顔はピクリとも動かなかった。

さすがのスネイプにも、母子の間に割って入らない分別はあった。

待っている間にカラの花瓶に水を満たし、持ってきた花束を生ける。

それをベットの横のテーブルに置く。芳しいラベンダーが部屋を華やかに彩った。

母の顔を見つめていたハリーがくんと鼻を動かした。ハーブの匂いに、聞きたかったことを思い出す。

「スネイプ教授、母さんってガーデニングが好きだったんですか?ハーブを育てたりしてましたか?」

急に話しかけられて、驚いたスネイプは思わず素直に答えた。

「イヤ、リリーは薬草学にも魔法薬学にも精通していたが、そこまでこだわってはいなかったと思う。何故?」

「母さんの日記にびっしりハーブのことが書かれてたんです。あと、マグルの遊び歌?が。」

これもその日記を見て作ったんだと、ハリーがリースを取り出した。ぎこちなくさまざまな薬草が刺さっている。

なんの魔力も宿っていない、普通のハーブだった。しかし、その取り合わせがスネイプの興味を引いた。

「この薬草の組み合わせは、リリーが?」

「幸せを呼ぶブーケットって書いてありました。母さんが考えたかはわかりません。」

「素晴らしい組み合わせだ。もしこの薬草が然るべき手法と時間に摘まれていたなら確かにこのリースは幸運を呼び寄せただろう。」

「しかるべき手法って何ですか?」

いつになく先生らしい態度のスネイプに、ハリーは続けて問いかけた。

「何事も聞けば教えてもらえるとでも?まず自分で調べるべきだと我輩は答えればいいかね。」

しかし、彼はすでにここが教室ではないと思い出したらしく、答えてくれなかった。

初めの質問も虚を突かれたから答えたに過ぎなかったようだ。

不機嫌そうな黒い目がハリーの顔から手にあるリースに舞い戻った。唇の端が釣り上がる。

「いやはや製作者の気持ちがよく込められたリースではないか。で、それはどこに飾るんだね?癒者が困らないようダストボックスの上がいいのでは?」

質問に答えてしまったのが相当悔しいかったと見える。いつもならすでにハリーなど眼中になくなっているはずなのに追い皮肉を重ねてくる。

ハリーは口をへの字に閉じた。不器用ながら頑張って作ったのに、ひどい言われようだ。

反抗的な気持ちになったハリーは無言でリースをドアに引っ掛けた。

「……ねぇセブルス。私にはあのハーブはマグルのおまじないにしか見えなかったのだけど、本当に意味があるの?」

壁際においてある椅子に座って一部始終を見守っていたバチルダが口を開いた。

ハリーの時とは打って変わってスネイプが礼儀正しくバチルダに向き直った。彼は年長者に弱いのだ。

「ええ、ミセス・バグショット。惑星と妖精の導きによって採取したのなら、古典的な魔法が発現する組み合わせです。」

「魔法薬学の教授を名乗っているだけあるわね。私も歴史家だからそういう話は知っていたけどさすがに魔力のない薬草の、種類と効能を覚えてはいなかったわ。」

「効率的な採取方法が確立されてから長い故、致し方ないかと。」

「今じゃ星読みなんて専門家しかやらないものね。ホグワーツは魔法薬の材料を外部から買っているのかしら?」

「天文学教授と薬草学教授と私で用意しております。」

「すごいわ。一流の名に恥じないわね。」

「恐れ入ります。」

大人たちの会話をハリーは黙って聞いていた。まだ一年生になったばかりのハリーに彼らの話は難しかった。どうやら、天文学と薬草学、魔法薬学はつながってる学問らしいということだけわかった。

意地悪スネイプと泥だらけのスプラウト、居眠りに厳しいシニストラがバチルダも認める一流なんて、人は見かけによらないな、などと失礼なことを考えていた。

バチルダとスネイプの話は盛り上がっていた。予想外の相性の良さだ。

放っておかれているハリーは手持無沙汰に、リリーの布団のしわをのばす。

(なんで母さんはそんな古い魔法を調べていたんだろう。)

ラジオのように耳から滑っていく大人の会話を所々拾いながらハリーは思った。

リリーがどんな人だったのかなんてジェームズの話でしか知らない。だからいくら彼女の胸の内を想像したところでわからない。

自分の母であるのに、何もわからないのがひどく悔しかった。

(母さんが調べていたことを僕も調べてみようかな。そうしたら何が知りたかったのか、わかるかも。)

名案に思えた。興味を知るのはその人物を理解するのにとても役に立つ。

どうせハリーはいつも図書館で本の虫をしているのだ。今更調べものが増えたところで変わらない。

そうと決まれば、リリーの手記を忘れずに持って行かなければ。帰ったらすぐトランクに入れようと決めた。

ハリーの考え事がひとしきりまとまってもスネイプとバチルダはまだ話続けていた。

惑星の周期読みが種族によって異なるだの、一番古来から変わらず伝わっているのはケンタウロスの星見だが彼らはその技術を共有してくれないだの、退屈な話だった。

ぽとんと頭を布団の上に落とす。洗い立てのシーツのにおいとラベンダーの香りが混じって心地の良い気分になる。

深く穏やかなリリーの寝息も聞こえる。朝から張り切って動いていたせいでハリーは眠くなってきた。

かふ、と口からあくびが漏れて、ハリーはそのまま瞳を閉じた。

暖かなまどろみに身を浸しているハリーを誰かが強く揺り動かした。

「う……」

起きるのが嫌でうなる。

「ハリー、起きなさい。もう帰る時間ですよ。」

バチルダの声が遠くの方から聞こえてくる。ハリーの手がピクリと動いた。

動いた先から覚醒していくように、おもむろに瞼が開いていく。

「あれ?何時ですか?」

ぼんやりした頭をどうにか布団から持ち上げる。口の端からよだれが零れていて、急いで袖で拭いた。

「もうお昼を過ぎましたよ。おなかがすいたでしょう。帰って昼食にしようじゃないですか。」

バチルダがハリーを覗き込んでいた。いつの間にかスネイプの姿は消えていた。

「僕、ずいぶん寝ちゃってたんだね。」

「ええ。あんまりぐっすり寝ているものだから、起こすのが忍びなかったわ。」

固まっていた体をぐっと伸ばしてハリーは立ち上がった。

屋敷しもべ妖精たちがおいしい料理を用意して待っている。あまりぐずぐずしていては彼らも待ちくたびれてしまう。

次の休みまでリリーに会えないのは名残惜しいけれど、ただ母の顔だけ見ているのも退屈だ。何せ病院はすることがない。

「母さん、僕帰るね。次はイースター休暇の時に来るからね。」

そっと手に触れて挨拶する。なんとなくリリーがほほ笑んでくれたような気がした。

「リリー、私も失礼しますね。また来ますから待っていてください。」

バチルダもハリーに倣って別れを告げた。

病室の扉の前で、ハリーはもう一度母親を振り返った。

こんな何もないところで、ずっと寝たきりなんてきっとリリーは退屈に違いない。

あれだけのハーブを事細かに調べているほど、好奇心が強い人なのだ。

早くリリーの魔法を解かなければとハリーは決意を新たにした。

煙突飛行ネットワークを使ってバチルダの家に帰ってきた。羽箒を使って洋服から煤を払う。

ある程度身なりを整えると、二人はそろってハリーの家に向かった。

教会に続く坂道を上る。おなかがぐうっと鳴った。逸る足を抑える。ハリーが駆けたらあっという間についてしまう道のりも、バチルダと一緒だとゆっくりだった。

ハリーは先導するようにバチルダの前を歩いて、邪魔そうな石を蹴って道の端に飛ばした。

「今日は予想外に学究的な議論が出来てとても有意義だったわ。」

「そうなの?僕にはちっともわかんなかったよ。」

バチルダの声を耳だけで聞きながら、ハリーはことさら大きい石を蹴ろうとした。

「スネイプ教授ってよく知らなかったのだけど、とても賢い方ね。」

「ふうん……わっ!」

気のない返事をしながら蹴り上げようとしたのがまさかの震えて縮こまっている庭小人だったので、ハリーは勢いよく飛び下がった。

「まったくあなたは落ち着きがないわね。」

「だって庭小人がこんなところにいると思わなかったんだ。蹴らないでよかった。」

あの庭小人は自分の巣穴から追い出されたんだろうか。なんにせよ彼らの恨みを買って家の庭に住み着かれたらたまらない。

ベルが悲鳴を上げて一心不乱に箒を振り回す姿が目に見える。

「庭小人と言えば、私のご近所のドーラさんのところにひと家族住み着いていたわ。気づかれないうちに駆除してもらわなきゃ。」

凍えた庭小人の脇を通る時、バチルダが思い出したように言った。

「どうせマグルが見かけたって目の錯覚だと思うから、放っておけば?」

庭小人は魔法使いの間で害獣扱いされている魔法生物だ。ハリーは割と嫌いじゃないから駆除されちゃうのはかわいそうだな、と思っていた。

「そうもいかないのよ。ドーラさんは信心深い人だから、きっと悪いものが住み着いたって騒ぐわ。」

「クリーチャーにお願いしておけばいい?」

ため息をつくバチルダに、ハリーは頼りになる妖精の名前を上げた。

「ええ。あの妖精はほんと、害獣駆除の天才ね。」

「それ聞いてもクリーチャーは喜ばないと思うよ。」

十中八九、クリーチャーはバチルダの見当違いな誉め言葉でむっつりと顔をしかめる。

その後、流石お嬢様の先生でございますね。とかなんとか当て擦りにくる。

「あらそう?じゃあ言わないでおきましょう。」

「そうして。」

ハリーの進言をあっさり受け入れたバチルダに安堵する。

家までたどり着いた二人は門を通り、前庭をぬける。今は花壇に何も植えられていなく、殺風景だった。春になったら色とりどりの植物をベルが植え付けて目を楽しませる庭になる。

寒さに押されて脚を速める。ハリーは一足先に玄関までたどり着いて、バチルダのために扉を開けた。

「ありがとう、ハリー。」

「レディファーストだからね。」

「いつになく凛々しいわよ。」

扉を開ける音を聞きつけて、妖精たちが迎えに出てきた。クリーチャーがバチルダからコートと杖を受け取って、そばのコート掛けに下げた。

ハリーもベルにコートを脱がされて、手を洗いに行くよう言いつけられた。

その通りにしてダイニングまで戻るともうすでに料理がテーブルに用意されほこほこと湯気を立てていた。

ハリーはバチルダの隣に腰掛けた。今日の昼食は、ポトフとパンとチキンのグリル焼きだ。黒コショウののったチキンの皮がいい塩梅に焦げていておいしそうだった。

「今日の恵みに感謝します。」

と挨拶をしてハリーはさっそくフォークとナイフを手に取ると、チキンに切りかかった。

パリッと音を立てて皮が割れる。やわらかいもも肉から透明な肉汁がじわっと皿の上に広がった。

一口より少し大きめに切ったそれを勢いよく頬張る。口いっぱいに肉のうまみとガーリックソースの味が広がった。

胡椒がよいアクセントになっている。

「うん、おいしい!」

ハリーが叫ぶ。

「ありがとうございます。」

ベルが恥ずかし気に礼を言った。

思ったより空腹だったハリーは会話をするのも忘れて次々に料理を平らげていった。まるで胃に「探知不可能拡大呪文」をかけられたようなハリーの食べっぷりに、バチルダは自分のマッシュポテトを彼女の皿にのせてやった。

料理がすべてからになると、ベルが食後のお茶を持ってきた。

「いい匂いだね、何のお茶?」

ハリーがハーブを育て始めてから、ベルはこうしてハーブティーを入れてくれるようになった。なんでも前の主人が好んでいたらしく、彼女オリジナルのブレンドもあるそうだ。

「ローズマリーとセージ、レモンでございますお嬢様。」

同じお茶が入ったカップをバチルダもしげしげと眺めている。

「ねえ、ハリー。私にもリリーの日記を見せてくれない?このお茶のハーブについて、なんて書いてあるか見たいわ」

「良いよ、取ってくるね。」

バチルダの素敵な思い付きに、ハリーは急いで部屋に戻り日記を取ってきた。

「ハイ先生。目次がないから、どこに何を書いてあるかちょっとわかんないけど。」

「ありがとう。大丈夫ですよ。私は本を読むのが得意なの。」

ハリーから日記を受け取ったバチルダが杖を取り出して、表紙をトントンと二度叩いた。

すると日記がひとりでに捲られて、あるページを開いて止まった。

ハリーはバチルダの手もとを覗き込んだ。

そこにはリリーのきれいな字で、ローズマリーとセージの名前が書いてあった。

「ローズマリー、失われた命、記憶、言葉を取り戻す。セージ、不死の力、命を与え守る。」

記述をバチルダが読み上げる。

「日記に書いてある通りの効果があるとすれば、このお茶は命の水ってことになるけど。」

思考の海に飛び込んでしまったバチルダが独り言のようにつぶやく。

ハリーは自分のカップに目を移した。入ってるのはどう見てもただのお茶だ。

不老不死の力が宿っているとは到底思えなかった。

すんすんにおいをかいで、一口飲んでみる。

「うん、お茶。おいしいお茶。」

ハリーの体に何の変化もないし、やっぱりリリーの日記に書いてあるのはマグルの伝承なんだな、と納得する。

元の椅子に座りなおして、ごくごくお茶を飲んだ。すっきりした香りが食後にぴったりだ。

「ハリー、この日記を借りてもいいかしら。」

日記に没頭していたバチルダが顔を上げた。ハリーはまごつく。

マグルの伝承だと分かったとは言えど、そんなのはどうでもよくてリリーと同じことをハリーは調べたかったのだ。持っていかれてはそれができない。

「でも、僕もそれで調べものしたいんだ。」

バチルダが気になったのなら、渡してしまう方がいいとはわかっていたけど、とりあえず言ってみる。

「じゃあ、複製するわ。それなら私もあなたも調べられる。構わないかしら。」

その提案にハリーはほっとしてうなづいた。

バチルダは早速杖を取り上げて再び日記をトントンと叩いた。

日記が震えて、影が重なり、ぽわっと同じものが現れた。

バチルダが日記を持ち上げて、本物の方をハリーに渡そうとするので急いで手を振った。

「僕、複製した方でいいよ。先生が調べたいんなら、何か呪文がかかってるかもしれないし、本物調べて。それで僕にも教えて。」

「でも、リリーの大切なものでしょ?」

「母さんだってきっといいって言うよ。先生が本を大切にしてるの知ってるもん。」

渋るバチルダに本物の日記を押し付ける。

「それに、学校に持っていったらもしかしたら失くしちゃうかもしれないから先生が預かってて。」

そう強く言えばようやくバチルダも受け取ってくれた。

ハリーは複製された日記をさっさと自分のトランクにしまいに行った。

やっぱり本物は持っていかれないと言われたときにでももうしまっちゃったし、と答えるためだ。

バチルダはしばらくハリーの家で日記を読んでいたが、自分の本と照らし合わせたいことがあったと三時になる前に帰って行った。

ハリーとベルは二人でおやつの準備をしていたが、研究モードになったバチルダは止められない。

二人分のパウンドケーキを食べられたので、ハリー的にはハッピーだった。

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