1-11 相反しても愛
長いようで短かったクリスマス休暇が終わり、ハリーはホグワーツに帰ってきた。
「クリスマス休暇、どこか行った?」
同室の女の子たちとトランクの中身を片付けながら雑談をする。
「ぜーんぜん。ダイアゴン横丁のクリスマスマーケットに行きたかったのに混んでるからダメだって。うちの母さんケチでしょ。」
メリダがつまらなそうにおさげをいじった。
「私も、特にどこにも。」
エレノアも肩をすくめた。
「ダイアゴン横丁のクリスマスマーケットって楽しいの?」
連れて行ってくれる大人がいないので、ハリーはあまりロンドンまで出ない。
メリダの言ったクリスマスマーケットに興味をそそられた。
「もちろん!私もいとこのお姉ちゃんが言ってたの聞いただけなんだけど、妖精の光で飾り付けられててキラキラしてるらしいの。綿雲菓子とか、雪林檎玉とかの出店が出てて、いつもは見れないような異国の珍しい品物がたっくさんあるんだって!」
「わー!楽しそう。僕も行ってみたい。」
「いつか行きましょうよ。今は駄目でもさすがに5年生になれば友達と行っても問題ないわ。」
「いいね!エレノアも行くでしょ?」
「ええ、おいていったら許さないわ。」
三人で指を絡めて約束した。大きくなった自分たちを想像すると、胸が高鳴った。
まだ11歳のハリーたちにとって15歳は立派な大人に思えた。
きっと今よりずっと背が伸びていろんな呪文を使いこなせるようになって、もしかしたらかっこいい恋人がいたりするのかもしれない。
ハリーはにっこりした。
「ハリーったら何笑ってるの?」
からかうようにメリダがハリーの肩をつつく。
「大きくなったらどんな風になってるのかなって思って。」
「ハリーは絶対クィディッチチームに入ってるわよ。あなた運動神経がいいから。」
話題はそのままどんな大人になりたいかに移っていき、理想の自分を思い描くのに夢中になった3人のトランク整理は遅々として進まないのであった。
通常授業が始まって、体が日常に慣れてきた。休暇明けのあわただしさから脱したハリーはさっそくリリーの日記の解析に取り掛かった。
約束した通り、ドラコも図書館に付き合ってくれた。
本をめくりながら小声でドラコと休暇中の出来事を報告し合った。手紙を交換していたから、目新しいニュースはなかった。
「これが僕の母さんの日記。ここに載ってる薬草を調べたいんだ。」
「ああ、これが言ってたやつか。中を見ても?」
「良いよ。複製してもらった方だから汚れても気にしないで。」
ハリーが日記を手渡すと、ドラコはそれをぱらぱらめくった。
「普通の薬草ばっかりじゃないか。もっと強力な毒草でも載ってるのかと思ったのに。」
「そんな物騒なのはないよ!僕の母さんを何だと思ってるんだ。」
ドラコは数ページ読んであっさりと興味を失い日記を返してきた。ハリーは鼻の頭にしわを寄せた。
「(闇の魔術を調べたり、学校の抜け道ツアーをしたりする)君の母親。」
「もうちょっと遠慮してくれない?」
カッコ内の副音声をなんとなく察して、ハリーはドラコをつねりたくなった。
「こんなのわざわざ調べなくても教科書に載ってるんじゃないか?」
「僕もそう思って照らし合わせてみたんだけど、説明が全然違うんだよね。」
ハリーは鞄から薬草学の教科書を取り出した。
セイヨウナツユキソウの項目を開いてドラコに見せる。
「ほら、これとかスピリア草のことなんだけど、この草っておでき潰し薬に使うじゃない?でも母さんは風邪薬の材料って書いてる。」
「君のことをからかってるんだ、きっと。」
ハリーがいくら真剣にこの日記に書いてあることはどこか奇妙だと訴えてもドラコは半信半疑だった。
胡乱気な顔で記述を見ている。
しかしハリーにも確信があった。何しろあのバチルダが日記を調べたいと言ってきたのだ。
「絶対何かあるんだ。先生だって調べてるんだから。」
「先生?」
あ、とハリーは口を開けた。そういえば彼にはバチルダの話をしたことがなかった。
「先生っていうのは僕がホグワーツに来る前に習ってた人のこと、バチルダ・バグショットっていうんだ。」
「まさか魔法史の著者?」
「そうだよ。」
「……君の知識が偏ってる理由が分かった。」
頬をひきつらせたドラコにハリーは首を傾げた。
「家庭教師に研究者を据えるなって父上がこだわってたわけだよ。」
「どういうこと?」
「研究者を子どもの教師にすると研究者2号ができるってことさ。」
「ふうん?」
ドラコが何を言ってるかあまり理解しないままうなづいた。
研究者を育てるのの何が悪いのだろうか。ハリーはわからなかった。
興が削がれたハリーは、ドラコに真剣になってもらうのをあきらめた。
読んでいる本を閉じる。ここにはハリーが知りたいものは載っていなかった。
別の本を探すため、席を立った。
「ちょっと僕、新しい本見てくるね。」
「長居するなよ。」
細く薄暗い通路を歩きながら背表紙をなぞっていく。
古くかさついた革が、時折指先に引っ掛かる。それが何となく楽しくて、どんどん奥に向かって進んでいった。
やがて本棚が途切れてぽかりと空いた空間に出た。先に進めないようにロープが張られている。
禁書の棚まで来てしまったのだ。ロープの先は照明が落ちて真っ暗だった。
ここの本が読めたらな、とハリーは思った。
上級生が危険な闇の魔術を勉強するときに使う本があるのだ。きっとハリーが求める答えも載っているだろう。
そっと、ロープの際まで近づいた。
依然として奥は暗闇のベールに覆われて中を伺えない。
自分の顔を見つめられているような気持ちになった。
「もう図書館の本は調べつくしたよ!」
不意に誰かの声がハリーの耳に飛び込んできた。
禁書の棚をじっと見つめているところを見られたらまたあらぬ噂を立てられる。ハリーは大急ぎで本棚の間に紛れた。
「ぜんぶじゃないわ。せいぜい本棚一つ分くらいでしょ。」
「僕もう単語が読めなくなってきた……」
すぐ近くのテーブルでネビル、ロン、ハーマイオニーが調べものをしているみたいだ。三人の声がする。
並ぶ棚に跳ね返されたその音はどこからでも聞こえてきて、彼らの居場所がわからない。
ただ話の内容だけはしっかり聞こえてくる。盗み聞きのようで嫌だった。
「ニコラス・フラメルじゃなくて、ニコライ・フレイルだったりしない?ハグリッドが訛ってたとかない?」
「馬鹿言わないで、そんなわけないじゃないの。」
「もしそうだったら初めから調べなおしだよ、ロン……」
(ニコラス・フラメル?錬金術師の?)
聞こえてきた単語に疑問を抱く。なぜその人物を調べているのだろう。予想もつかない。
ハリーはニコラス・フラメルを知っていた。五〇〇年以上前から生き続けている稀代の錬金術師だとバチルダが教えてくれた。
でも一年の授業範囲ではないから、三人が知らないのも無理はなかった。
彼の名前をどこから知ったのだろうか、わざわざ調べているのはなんでだろう?と思って、首を振る。
他人の事情に首を突っ込みたがる悪癖が出てしまった。
彼らには彼らの事情があるのだ。ハリーにはハリーの事情があるように。
ただ、盗み聞いてしまったのは申し訳ない。本を持って行って聞いてしまったと謝ろう。
ハリーは、錬金術関連の本が集まっている棚まで行き、”中世から近代にかけての錬金術”という本を引っ張り出した。
それから三人の声が聞こえていた場所まで戻り、近場を探した。
元居た場所から通路を二、三隔てたスペースに彼らはいた。
本の山の脇に突っ伏しているロンと、手で目を覆っているネビルが見える。
ハリーは唾を飲み込むと、しっかりした足取りで近づいて行った。
「あの、こんにちは。」
「ハリー!」
突然声をかけたせいで、三人は弾かれたように顔を上げ、目をまん丸くしてハリーを見た。
思わず一歩後ずさる。一斉に視線をむけられると少し慄く。だけど誰も口を開かないうちに済ませてしまおうと気を取り直した。
胸に抱えていた本を、三人の前のテーブルに置く。
「ごめん、さっきの話しが聞こえちゃったんだけど、ニコラス・フラメルならこの本に載ってるよ。」
ぱらぱらとページをめくって、該当箇所を指さす。三人は驚きを拭い去れないままハリーの動作を見ていた。
「……本当だ!」
いち早く反応したのはネビルだった。しょぼしょぼしていた様子が一転して晴天になった。
「よっしゃ!これでスネイプが何を狙ってるのかわかるぜ!読書地獄ともおさらばだ!」
ニコラス・フラメルの名前をなぞって、ロンも歓声を上げた。
「いくら探しても見つからない訳だわ……生きている人として探してたんだもの。600歳が実在するのね。」
ハリーの手もとから本を引き取ってハーマイオニーがじっくり読んでいる。
喜ぶ三人を余所に、ハリーは苦いものが腹から湧いてくるのを感じた。
「スネイプを疑ってるの?」
黙っていられなくて、聞いてしまった。せっかく彼らと仲良くなれたのに、言わなきゃいいのに、ハリーは自分の口を止められなかった。
「ああ、だってハリーも見ただろ。ハロウィンの時にクィレルとスネイプが戦ってるの。」
「そりゃ見たけど、どうしてクィレルじゃなくてスネイプ?」
首をかしげると、三人は意味深に顔を見合わせた。ハリーに教えていいものか判断がつきかねているようだ。
「スネイプは昔、死喰い人だったって、ばあちゃんが言ってたんだ。」
言いにくそうにネビルが口を開いた。唇を噛み、視線を余所へやっている。
「え、でも、そんな」
そんなわけない、とハリーは言いたかった。
が、否定できるほどスネイプの過去をよく知らなかった。
口を二、三度開いて、閉じる。
ハリーは、彼がリリーを心底大事にしているのを見ていたから、富とか不死とかをスネイプが求めるはずがないと分かっていた。
「スネイプは、賢者の石なんか狙わないよ。」
口が滑った。反射的に手で口を覆った。ネビルたちがまじまじとハリーを見つめる。
「賢者の石?」
「それが城に隠されてる宝?」
「あなた、どこでそれを知ったの?」
真顔で矢継ぎ早に問いかけられて、ハリーは逃げ出しそうになった。足を踏ん張って耐える。
微塵も逸らされない瞳が、ハリーを穴のあくほど見ていた。
「……教えられない。」
ダンブルドアとの会話を思い出しながら、顔をそらす。
一番大切な秘密だと言っていたのに、漏らしてしまった。ハリーは自分を責めた。
そのハリーの不審な態度に、ロンがいきり立った。
学校が危険にさらされるかもしれないのに、情報を共有しないなんて、背信もいいところだと彼は思ったのだ。
「きっと、こいつスネイプとグルなんだ。怪しいと思ってた、闇の魔術を調べてるグリフィンドール生がいるわけない。スパイなんだ。」
表情をゆがめて、ハリーを唾棄する。
言葉の牙が柔い心臓に噛みついた。
「ロン!言い過ぎよ!」
すぐさまハーマイオニーが諫めたが、ハリーはもうそこに居られなくて、震える喉を悟られないように三人に背中を向けた。
「ハリー……」
気づかわし気なネビルの声が聞こえる。
「僕はスパイじゃない、スネイプだって悪者じゃない。……首を突っ込んで悪かったね。」
中傷に逃げ出すなんてしたくなかったから、ハリーは気丈に振舞った。
答えを待たずに元来た道を引き返す。やはり、関わるんじゃなかった。首を突っ込んでも碌な目に合わないって、知っていたのに仕出かしてしまった。
彼らが見えなくなった途端、ハリーは小走りに駆けだした。
蔵書に見合う広さを持ったこの場所を闇雲に駆けてドラコの元まで戻ってこられたのは奇跡だった。
彼はさっきと変わらず頬杖をついて”マグルの呪具、まるでクズ”という本を楽しそうに読んでいた。
ハリーが近寄ると、ドラコが顔を上げた。
「ずいぶんかかったな、てっきりヒンキーパンクに誘われてるのかと思っていたよ。……どうしたんだ?」
真っ赤なハリーの顔を見て、ドラコは瞬時に眉根を寄せた。
「……なんでもない。ちょっと帰ってくるのに迷っただけ。」
視線を合わせないようにしながら短く答える。誰にも言うつもりがなかった。
「ふうん。ずいぶん奥まで行ったみたいだけど?」
「禁書の棚間近まで行ったから、置くと言えば奥だね。」
「それで、怒られでもしたのかい?」
「ま、そんなところさ。」
曖昧模糊なハリーの言葉にドラコは彼女を問い詰めたくなった。
しかし、目端に浮かぶ涙の名残を見つけてしまって、剣を収めた。
「君が言いたくないならいいさ。」
ふいっと顔をそらす。隠し事をしている相手を見つめ続けるのはかわいそうだとドラコは思った。
それは正解だった。ハリーはほっとして、ドラコの隣に座った。
手近にある本を適当に手繰り寄せる。
何とか本の世界に没入しようとしている彼女の横顔を見ながら、ドラコはどうしたらハリーを元気づけられるだろうかと思案した。
「そういえば。」
休みの間に家で見つけたものをハリーに渡そうと思って持ち歩いていたのを思い出す。
「どうしたの?」
読書に集中しきれていなかったハリーはドラコのかすかなささやきも拾い上げた。
「君にこれをあげようとしてたんだ。手を出せ。」
「うん?」
ハリーはきょとんとした顔で素直に手を差し出した。それをそのまま待たせて、ドラコは懐をまさぐった。
ローブの内ポケットから腕輪を二つ取り出す。
「これ、迷い磁針っていうんだ。」
そのうちの一つをハリーに渡しながらドラコは使い方を説明した。
「僕が小さい頃に母上がくれたもので、子供用の防犯装置だ。」
「ホイッスルみたいなもの?」
「そんな笛と一緒にするな。これは迷子になったり危険にさらされた時に対の方へ知らせが来るんだ。どこに居るか方角を示してくれる。さらにこれは一級品だから通信機能もついてる。すごいだろう。」
ドラコが自慢げに話すのを聞きながらハリーは迷い磁針をしげしげと観察した。
金色のわっかの中心だけひし形になっていて、そこに何か複雑な文様が彫られている。中心には方位磁針と似たような針が緑色の宝石で留められていた。
「どうやって使うの?」
クルクルと手の上でそれをもてあそびながら尋ねる。
「腕にはめて、針の中心の石を触れば腕輪同士で会話ができる。」
「へえ。」
ハリーはさっそくそれをはめてみた。大概の魔法界製品と同じように、腕輪が自動的に太さに合わせて縮んだ。
「これ、先生に怒られないかな?」
「装飾品じゃなくて防犯用品だからきっと大丈夫だろ。」
ドラコも自分の分を腕にはめている。
これって、友達とのお揃いってやつなんじゃないか、とハリーは気が付いた。
「お揃いだね。」
「?……対に作られてるんだから当たり前。」
「それもそうか。」
「ちょっと、ハリー。使ってみろよ。僕に話しかけるんだ。」
「いいよ、えっと石に触るんだよね。」
ハリーがもたもた操作に手間取っている間にドラコが後ずさってハリーと距離を取った。
「もしもし、ハロー?」
「ハロー。うん大丈夫だな。」
びびびびんと針が震えてドラコの声が腕輪から聞こえてきた。本当に会話ができる。きっとすこぶる高価な品なのだろう。
流石マルフォイ家だ。ハリーは感心した。
「ちゃんと会話できたね。」
「ま、僕の家のものだから当然だね。」
「ブルジョワジーめ。」
「はは」
机のそばに戻ってきたドラコはツンと顎を上げて得意そうだった。
彼の笑顔を眺めていたら、そういえばさっきの悲しい気持ちがどこかに消えているのに気が付いた。
袖で隠した腕輪を上からそっと手で包んだ。
「この腕輪を使えばいつでも君と会話ができる。おっと、宿題の答えを聞くのはなしにしてくれよ。」
「ドラコに答え聞いたことないんですけど。」
「そうだったか?君が成績優秀なのは僕が手伝ってやっているからだと思ってたんだけど。」
「逆。いや違うな、僕じゃなくてクラッブとゴイルのことだな、それ。」
はは、とハリーは笑った。
落ち込んでいる時に励ましてくれる友達がいるのは、とても心強いな、と思った。
・・・・
あとちょっと!!禁じられた森とクィレルとの対決でフィニッシュ!
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