つめたい君に送る
ストーブが出てくると本格的に冬が始まったと思う。
隙間風の多い第八では、エアコンの温風はすぐにどこかへ抜けてしまう。その為暖房は基本、古き良きストーブだった。
火力のあるストーブのおかげでいつも事務室はほかほかで、その分廊下に出た時の寒さが身に沁みた。
「うー、さむ!!」
一日の業務を終えて、森羅は冷える廊下を早足で歩いていた。せっかくシャワーで温まった肌から水蒸気のように熱が蒸発していく感じがする。
一刻も早く布団に包まらなければ凍えてしまうと大袈裟に思った。
バタンと大きくドアを開ける。アーサーはまだ戻っていないようで、部屋はがらんとしていた。電気をつけるのもそこそこに、森羅はベッドに突っ込んだ。
梯子を登る間さえ惜しかったので、下段のアーサーの布団に包まる。初めはヒヤッとしたがすぐにワタが体温を含んで暖かくなる。
森羅は幸せな気分で手足を丸め、頭を枕に乗せた。枕元に週刊少年雑誌を見つけて、開く。アーサーと交代で買っているものだ。
すでに一度読んではいたけど、体が温まるまで布団を移る気になれなかったから手持ち無沙汰に丁度いい。
中程まで読んだ頃、再びドアが開いた。アーサーが戻ってきたのだ。
「お、おけーり」
漫画から顔を上げて森羅はアーサーを迎えた。
「……貴様オレの布団を略奪する気だな!騎士の布団は我が元に!」
すっからかんなアーサーの頭は森羅が自分の布団に入っている状況をそのまま分析したらしい。おそらく森羅が二枚とも布団を占有すると思ったのだろう。
室内でエクスカリバーを抜きかけたので、森羅は大慌てでベッドから出た。
「うわっやめろ、抜くな!オレらの部屋にスプリンクラー付けられたの忘れたのかよ!」
あまりに能力を使って喧嘩をする二人に、堪忍袋の緒が切れた火縄によって、熱を感知して作動するスプリンクラーが装着されていた。火縄曰く「すぐに頭を冷ませて良いだろう」とのことだが、冬にずぶ濡れはごめんである。
「ほらっもう出た!自分の布団戻るから剣しまえって!」
焦りまくる森羅にアーサーは憮然としていた。
「かたじけない。二度目はないぞ。」
渋々エクスカリバーを納めると森羅が抜けた布団に潜り込んだ。
「……ぬくい。」
「冷たいより良いだろ。」
勝手に布団を拝借した手前、少し気まずくて森羅は口を尖らせた。
「ああ、安心する。」
てっきり文句を言われると思ったのに、アーサーが子どもみたいに笑うから森羅は呆気にとられて彼の顔を見つめてしまった。
「布団が温かいのは久しぶりだ。」
悲観でもなんでもなく、アーサーは幸せそうに言った。意外にも共通点が多いアーサーの言葉に森羅は確かに、と納得してしまった。
森羅たちの少年時代には怖い夢を見て潜り込む親の布団はなかったから。
ちょっと胸がシクシクして、森羅は切なくなった。
「ふーん、良かったじゃん。」
でもその気持ちを悟られたくなくて、素っ気なく答えるとさっさと自分の布団に入って寝た。
その次の日のこと。
「あれ?タマキなにやってんの?」
夕食後の皿洗いをこなしていると、タマキがやってきてお湯を沸かし始めた。てっきりお茶でも淹れるのかと思いきや、彼女はそれをペットボトルに入れた。
「簡易湯たんぽ。今から布団に入れとけばシャワーから戻った時あったまってるから作ってんだ。」
「へえ、マメだな。」
「布団が冷たいの嫌だろ。」
お湯が冷める前に布団に入れると言ってタマキは厨房から出て行った。
森羅は部屋の隅を見つめた。資源ごみの中に耐熱ペットボトルが入っていた。同時に嬉しそうに布団に包まっていたアーサーの顔が蘇る。
森羅は少し迷ったが、ゴミ箱の中からペットボトルを取り出すと洗ってお湯を入れた。
「ム、また温かい。」
就寝前、今日はちゃんと自分の布団に入っていた森羅はアーサーの声にベッドから身を乗り出した。
「おう、湯たんぽ入れといた。あったかいと安心すんだろ?」
ニヤニヤ笑ってアーサーを見下ろす。もう一度あの子どもみたいな笑顔をうかべるかな?と期待した。
「悪魔ながらいい心がけだ。しかし、うん……?」
確かにアーサーは笑っていたがしっくりきていないように首を傾げた。
思ったのと違う反応に森羅は少しがっかりした。
もぞもぞ寝返りを打っている音がする。森羅は不貞腐れた気持ちになって、ごろりと枕に頭を戻した。
「シンラ。」
ひょこりとベッドの縁にアーサーの顔が覗く。
「何だよ。」
森羅は頭を持ち上げて聞いた。
「オレも入れろ。」
「は?」
森羅の返事を待たず、アーサーは森羅の布団をまくった。
冷気とともに冷たいアーサーの身体が入ってくる。
「うわ、お前冷た……てか入ってくんな。狭い。」
ぎゃーぎゃー文句を言う森羅など気にもせずに、アーサーは居心地の良い体勢を作るため身じろぎしていた。
「ヤロー二人一緒に寝るとかマジない。早く出てけ。」
森羅が足を曲げ、ぐいぐいアーサーの腹を押す。追い出されてたまるかと、アーサーは森羅の背に手を回して引っ付いた。
「温かいのが良い。」
「布団あったかかったろ。」
「シンラの体温がいいんだ。」
「……えー」
森羅は不服そうに息を漏らしたが、アーサーを押すのをやめた。
わかっていた。森羅たちは寂しい子どもだったから、冬の冷たい布団に色んな気持ちが蘇る。
真夜中に怖い夢を見て、ハッと息を呑み、真っ暗な天井を見つめ目覚める時もある。
アーサーは森羅の布団に潜り込めると気がついたのだ。
森羅も本気で拒絶する気はなかった。
つめたい君に温かい布団を。
誰かの体温に包まれて眠る幸福を、森羅たちは思い出したのだ。
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