草葉の陰で泣くものか

 アーサーが死んだ。何のこともない任務中の殉職だ。

 誰も気づかないところでアーサーは死んでいた。

 

 森羅も初めは信じきれなくて、何度も何度も確認した。でもやっぱり、胸に大穴開けて寝ているバカ面はアーサーで間違いなくて、やっとうずくまった。じっと自分の存在だけを感じてた。

 他はみんな泣いていた。死んでて泣いてた。青いブルーシートの上でじっと動かないアーサーは今まで見たことないくらいシンとしていて怖かった。

 森羅の知らないアーサーの顔だった。いつもと同じ無表情なのに、口を真一文字に閉じてて、目も閉じてて、それで死んでた。

 こっそり触ってみた右手は冷たかった。だけど自分の体温を吸っても温かくならない肌も一向に森羅に現実を持ってこなかった。

 それで、アーサーが死んでから、葬式をしてから部屋に帰ると影法師みたいなアーサーがいた。

「は?」

 顔も真っ黒で何もわからなかったけど、森羅にはアーサーだってわかった。

 アーサーと全く同じくつろぎ方をしてたから。

「よお森羅」

 死んだくせに、アーサーはへらっと笑って手を挙げた。表情は見えないけど森羅はわかっていた。

「お前がぐずぐず泣いてやがるから、戻ってきた」

 気軽に影法師は言った。でも森羅も本当かどうかもどうでもよくて、笑い返す。

「おーよかった。おまえの荷物すてちまうとこだったぜ」

 ゲームも何もかも全部残しといてよかった。

 桜備達が森羅を気遣ってしきりに部屋の移動を勧めてきてたけど、それも断っといてよかった。

 だって戻ってきたんだから。

 しかしアーサーは一言、「む?それは捨てろ。長居しねぇぞ」と言った。

 森羅はぽかんとして、アーサーの目のあたりを見つめた。

「は?嘘だろ?」

 思わず一足で距離を詰める。

「勝手に死んどいて、またいなくなれるなんて思ってんのか?」

 悪魔の剣幕で森羅はアーサーの胸ぐらをつかんだ。

「おれは死んだ。満足して死んだ。だからお前もちゃんとヒーローになれ。」

 遺言みたいなことをアーサーが言う。生意気だ。そんな頭もないくせに見た目だけマネしやがって。

「ふざけんな」

「騎士として生を全うしたんだ。森羅にどうこう言われる筋合いはない。」

 ぷつぷつとこめかみで音がする。腹の中の胃液がカッと熱くなってゲボ吐きそうだった。グラグラ嫌なめまいがした。それでも森羅はアーサーを掴んで額を打ち付ける。

 今なら瞳も燃えそうだ。

「ふざけんなっていってんだろ!お前が満足して死んだとかッどーぉでもいいんだよ!」

 がつがつと頭突きする。皮膚が切れて血が出てきた。

「おれが認めねえって話だ!クソが!!」

 叫んで声がカラカラする。喉の奥で血の味がした。

「おれが信じなきゃ、全部嘘なんだよ!」

 森羅はまだ泣いてない。

;;;

 アーサーが墓の下に収まった頃に、ようやく彼の両親が顔を見せた。

「この度は、我々の力不足で御子息を……」

 桜備が両親に頭を下げている。森羅はそれを他の隊員と一緒に見ていた。

 聖陽教会の墓地にみんな心細くそれぞれ突っ立っていた。ひび割れたコンクリートが雨ざらしになって白けている。教会の背後には真っ黒な森が聳えていて、青空との対比が重苦しかった。森と墓地との境界は非常に曖昧で、立ち並ぶ墓石は全ていつか森に飲み込まれてしまうんじゃないだろうかと森羅は思った。

「いいえ、息子も望んだことでした……」

 母親の声が風にのって聞こえてきた。そういえばアーサーの弟妹はどこに行ったのだろう。ここに連れてきていないところを見ると、弟妹はアーサーの存在自体朧げなんじゃないかと森羅は怖気が走った。

 遠まきに彼らを見ているから、森羅には桜備が彼らと何を話しているのか、はっきりと理解はできなかった。

 だけど時折聞こえてくる会話の断片に「違う」という気持ちがどんどん溜まっていった。胃から食道から、肺まで全部「違う」で埋まり切って、森羅は息をするのも辛くなった。

 ぐるぐるという獣の唸りが喉から漏れる。

「おい、森羅?」

 隣にいたヴァルカンが心配そうに肩をさすった。森羅はそれにうなづくだけで返事をした。

「あ、」

 とうとう喉まで「違う」で覆い尽くされた時、森羅は見てしまった。

 アーサーの両親が、ファストフード店のナゲットを墓に添えるのを。

「違う!!!」

 胸を突き破った咆哮が蒼天に響き渡った。

 大きく肩を上下させ、森羅は溜まりに溜まった澱みをドロドロと吐き出す。

「あいつはそんなの好きじゃない、あいつが、あいつが好きなのは……」

 桜備大隊長と食べるラーメンだ。

 最後の一言は喉に詰まって言えなかった。

「ごめんなさい」

 母親がぽつりと謝った。だけど父親の方は馬鹿になったみたいに墓を見つめてるだけだった。

 きっと彼らは墓の下のアーサーなんか見てないんだろう。だって、少年の時に置いていってからずっと会っていないのだ。二人の目には、きっとあの時置いていった幼気な我が子しか見えていない。

 森羅がずっと見てきた、馬鹿な騎士王なんてカケラも知らないんだ。

「あんたたちが見てんのはアーサー・ボイルじゃない」

 森羅はうえっと吐き出した。

「あんたたちが見てんのは、置いてった息子だ。今の、あいつじゃない」

 二人は無言で森羅の言葉を受けていた。

「俺が一番知ってる。あいつのことは、俺が一番……」

 そうだ。森羅が一番そばに居た。13歳の時から今までずっと隣にいたんだ。

 脳裏にアーサーの顔が鮮明に蘇った。笑う顔、怒る顔、アホみたいな捗ってる顔、全部森羅が知ってる顔だ。

 だけどこれからもう二度と見られないんだ、と森羅は唐突に気がついた。

 途端、ごーんと教会の鐘が鳴って、木々の枝から鳩が飛び立った。雲の切れ間から陽光が梯子のように降り注いで、森羅は膝を折った。

 修道女の歌う讃美歌が聴こえてくる。

「嘘だろ?」

 天国みたいな墓地の中で、森羅は地獄を知った。

 死んだ時に恋したなんて。

 もうどこにもいないのに。

終わり

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