没二年ネタ 選ばれなかった僕の話
はたはたと頭上で旗が紅に染まっていく様をドラコは見ていた。魔法で起こった風は、テーブルについているドラコには感じられない。だけど頬がひやと冷たかった。
グリフィンドール一年生が巻き起こした大冒険についてドラコはほかの誰よりも詳しく知っていた。どんな風に犯人を突き止めて、マクゴナガルに直談判し、賢者の石を守り切ったのか、全部その時その時にハリーが教えてくれた。でも当事者ではない。ドラコはひたすら傍観者だった。自分の臆病さが、足を立ち止まらせた。プライドの高さが、グリフィンドールとのなれ合いを良しとしなかった。ハリーが、ドラコのことを信用してすべて打ち明けてくれていても、隣に立てない。薄い皮膜がドラコとハリーを明確に隔てていた。
だから、自分の館で異変が起こった時、期待に胸が膨らんだ。とうとうドラコにスポットライトが当たるのだと思った。必死に呪縛に抗おうとしている屋敷しもべ妖精が持っていた黒い日記。それは強い闇の魔術がかかったものだった。
「ドラコ様、お返しになってください。ドビーはそれを、お捨てにならなければいけないのです!」
歓喜に満ちた表情で、日記を見つめるドラコにドビーが縋り付いた。それを蹴飛ばしてはがす。
「しもべ風情が僕に触るな、これは父上が所蔵する魔法道具だろう。持ち出していいと思っているのか?」
「……どうか!どうか!それをお捨てになってください!」
高々と日記を掲げるドラコにドビーはひれ伏した。
「どうするかな?かわいそうに父上が知ったらただじゃすまない。」
日記をぱらぱらとめくってほくそ笑む。何の変哲もないただのノートに見えるが、きっとこれはかなり強力な魔法がかけられている。そうでなければ地下の奥の奥、主人しか入れない宝物庫にしまわれているはずがない。どうやってしもべ妖精が盗み出したのかはわからないが、そんなの些末事だった。
父が隠していた闇の魔法道具が自分の手にある。高揚が隠せない。しかも父はこれを使って何か起こそうとしていたのだ。誰にやらせるのかまでは、しもべに喋らせられなかったけれど、その誰かがドラコでもいいだろうと思った。
「で?これで父上は何をするつもりだったんだ?」
「ドビーは知らない、ドビーは知らない。」
「ふん、うそをつくのも大概にしろ。お前はしもべだ。父上がお前に対してわざわざ秘密にする必要がない。言え。」
契約の強制がドビーの口をわななかせた。哀れな屋敷しもべ妖精は必死に自らの口を手で覆っている。だが抵抗は無に帰した。
「秘密の部屋を開く、ための、……」
真一文字に閉じられた口の端から声が漏れる。ドラコはそれを聞き逃さなかった。
「秘密の部屋?」
ドラコの気がそれた瞬間、しもべ妖精はバチンと音を立てて姿を消した。逃げられたのは不愉快だったが、まあ良い。聞きたいことは聞けたし、日記も手に入った。
秘密の部屋というのも調べればすぐにわかるだろう。あとはこの日記の使い方さえわかればすべて問題ない。
ドラコは意気揚々と自室に戻った。西洋机を開いて卓を用意する。妖精の明かりが柔らかな光を灯した。重量のある椅子を引いて腰掛ける。それから日記のページを一枚一枚確かめた。
どのページも白紙だった。引き出しの中から出鴈鏡を取り出して、それを通してみる。やっぱりただの白紙だ。羽ペンをインクに浸した。ノートならば、文字を書くことで何か変化があるかもしれない。そっとペン先をページに触れさせた。しゅわり、と落ちたインクが消えた。
「……見つけた。」
じわじわ指先から体温が上ってくる。手に力が入ってペンが少しひしゃげた。もう一度ペンをインクに浸すべきか、このまま何か綴るべきか迷って手を行ったり来たりさせた。
逸る気持ちが、ドラコの判断を鈍らせている。喉が渇いてつばを飲み込んだ。
「こんにちは、」
規則的な直線をノートに刻む。書き終えたと同時にインクが消える。ドキドキしながら反応を待った。
”こんにちは、あなたは誰ですか?”
”僕は、ドラコ・マルフォイです、あなたは?”
”僕はトム・リドル。”
日記が返事をした。焦って手が滑りそうだった。でもすらすら綴られる別の人物の手記から目が離せない。ドラコは興奮したままトムとの会話を続けた。
しばらく話すと彼は博識でユーモアに富んだ素晴らしい人物だとわかった。それに何より、ドラコを全面的に支持してくれた。
心のよりどころを探していたドラコにとって、トムのくれる言葉は甘い蜜のようだった。
夏が終わるころにはドラコは彼の虜になっていた。
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”明日ホグワーツに戻るんだ。”
いつもの調子で日記に話しかける。最近は部屋にこもってトムと過ごすのが常だった。新しい魔法もたくさん教えてもらった。多分一年の誰よりも攻撃魔法に詳しくなったんじゃないかと思う。
”楽しみだね、僕もホグワーツに戻りたいよ”
”僕と一緒に戻るじゃないか。毎日何があったか報告するよ。”
”ありがとうドラコ、うん、でも僕は自分で歩き回りたいなって思うんだ。”
”実体化する魔法があればいいんだけど。”
”僕が知ってるよ、君が少し協力してくれればいい。”
”え?”
嫌な予感がして返事を書く手を止めた。これ以上話し続けてはいけない気がした。もはや親友と言っても過言ではない相手なのに、この寒気は何だろう。
ドラコは自分の違和感を心の底に押しやって、再び文字を綴る。
”どうやるの?”
”今ここでは難しいから、おいおい教えるよ。”
”ふうん、もったいぶるなぁ”
”まだちょっと道具が足りないんだ。”
”そうなのかい?ま、楽しみにしてるよ、おやすみ”
”おやすみ、ドラコ”
文字が消えるのを見届けて、ぱたりと表紙を閉じる。日記をホグワーツに持っていくトランクの中にきちんとしまった。ふたを閉めた拍子に、写真が一枚隙間から落ちた。
春にハリーと撮った写真だ。画面の中でドラコとハリーが顔を見合わせて何か会話をし、笑いあっている。ついこの前のことなのに、ひどく昔に思えた。
そういえば、ハリーからの手紙に返事を書かなくなったのはいつだっけ。ドラコの中にハリーの居場所がすっかりなくなっていた。彼女と距離が離れていることの方が普通だと感じた。
あんなに友達でいたかったのに、今はもう、どうでもよかった。
トムという絶対的な肯定者を得たドラコにはハリーに対する執着心がすっかりなくなっていた。
写真を適当に拾い上げて、棚に置く。振り返りもせずベッドにもぐりこんだ。不安定な場所に置かれた写真が戸棚の裏に入り込んだが、ドラコは気が付かなかった。
次の日、ドラコは両親とともにホグワーツ特急の前に立っていた。ぎゅっと母親に抱きしめられる。
「無理しないでね、夏中ずっとお勉強を頑張っていたのは知ってますが、こんなに痩せてしまって……」
「母上……」
心配そうな母親の様子に申し訳なくなる。ずっと部屋にこもりきりで、母親がわざわざ訪ねてきても扉越しにしか相手をしていなかった。どうしたのか聞かれる度に、一年次は満足のいく成績を残せなかったから、勉強をしているとうそをついていた。それがこんなに母親を疲弊させてしまったとは思わなかった。彼女の白い顔は紙のようで、目の下には隈があった。
「ナルシッサの言うとおりだ。ドラコ、一年の科目など遊びと同じ、高学年になってからの成績の方が重要なのだ。つまり、あー、少し気を抜いても私は構わん。」
父親も、ドラコを気遣っていた。珍しい言葉に瞠目した。
「父上、」
何も返せないうちに汽笛が鳴った。発車時刻になったようだ。ドラコはもう一度母親に抱き着くと父親に向かって手を振った。
「行ってきます、父上、母上。手紙を出します。」
タラップから駆け込んだドラコをクラッブとゴイルが待っていた。揃って、ホームに並んだ親に手を振る。両親はいまだ心配そうにドラコを見ていた。列車が動き出すとあっという間に駅が見えなくなった。三人で適当なコンパートメントに陣取る。ドラコは早々に日記を取り出した。
「二人ともこれを見ろ。」
「なんだ?」
「本か?」
ドラコが意気揚々と差し出した日記を二人は興味なさそうに見ていた。
「本をお前らに見せたって意味ないだろ。これは、魔術のかかった日記だ。」
「つづりを直してくれる機能か。」
「馬鹿、そんな機能なわけあるか。そもそもお前らの文章じゃスペルミスが多すぎて日記の方が混乱する。」
察しの悪いクラッブとゴイルにイライラしてきた。一を知って十を知るトムとは大違いだ。ばかと話しているとこちらまで頭が悪くなる。
二人にトムを紹介したところで理解できないだろう。めんどくさくなって、ドラコは説明するのをやめた。
「はぁー、もういい。お前らに言っても無駄だった。」
「まだるっこしい話をするなよ。」
侮辱されたことは理解したらしい、クラッブがむっつりと顔をしかめた。ゴイルは逆にまったく気にしていない。彼は何やらトランクを開けて紙の束を取り出した。
「それよりマルフォイ、宿題見してくれ。」
白紙の山は宿題だった。ドラコは頭が痛くなった。
「またやってこなかったのか?言っとくけど列車の中で写し切れる量じゃないぞ。」
「何とかなるだろう、どうせ先生も俺が完璧な宿題を提出するとは思ってないはず。」
「ずるいぞ、ゴイル。マルフォイ、俺にも見せろ。」
「勝手にしろ、でも汚すなよ。」
釘を刺してドラコの宿題を出してやる。トムに手伝ってもらったおかげで、いつもよりワンランク上の出来栄えだった。
「天体図に数式を書き込み過ぎだぞ。」
「こんなに写し切れない。」
「文句があるなら見るな、そんなに数式が嫌なら省いて写せばいいだろ。そもそも計算なんてしてないんだから。」
写させてもらっている立場のくせして文句をたれる二人にドラコは嫌気が差した。呻きながら羽ペンを動かしている彼らを放って、トムと会話をする。
話し上手なトムと話していると長い列車の旅も一瞬で過ぎていった。真の友人というのはこういうものだろうとドラコは思った。ちらと脳裏をよぎったハリーの顔は無視した。
:::
新学期は順調な滑り出しだった。新しい防衛術の教授は気に入らないが、ドラコにはトムという最高レベルの講師がいる。他の生徒が役に立たないロックハート知識を詰め込まれている間にドラコは有用な呪文をマスターできる。そう考えればバカと鋏は使いようだなと思った。
前年度は焦燥で焼けこげそうになったハリーの幸せそうな様子も、今のドラコには何の感情も湧きあがらせない。余裕を崩さず接することができる。すべてパーフェクトだった。トムのおかげだ。
彼の言うとおりに振舞っていると、スリザリンの中でのドラコの立ち位置も変わってきた。今ではクラッブとゴイルだけでなく、ほかの生徒もドラコに一目置いているようだ。ある日、上級生に闇の魔術について意見を求められ、答えると感心された。うれしくて大急ぎでトムに報告した。
”君が言ってた闇の魔術においての反対呪文の重要性の話を5年生に聞かせたら感心されたよ。”
”当り前さ、敵を知らずして勝機はない。防御魔法の隙をつくのがクレバーな戦い方だからね。”
”その通りだ、もっと僕に闇の魔法について教えてよ。”
”いいだろう、今日は亡者を縛り付けて操る方法を話そうか。”
学校では決して教えてくれない、ハイレベルな闇の魔法をトムはたくさん知っていて、それを惜しみなくドラコに分けてくれた。まだ実践できる実力がないのは残念だけど、知識が増えていくだけでもドラコは満足していた。闇の魔法なんて、本格的に学ぼうと思ったら、抜け道を使って知識を増やしていかなきゃならない。
”ねえトム。”
”なんだい?”
”闇の魔法についてほかの子にも教えてやれるかい?”
唐突にハリーが闇の魔法に執心していることを思い出した。昨年は結構無茶な手を使ってまで(禁書の棚に忍び込んだり)調べようとしていた。彼女にもトムの教えを受けさせてやったら喜ぶかもしれない。
”ほかの子って、誰だい?”
”僕の、友人。”
”スリザリン生の?”
”ちがう、彼女はグリフィンドールだけど、闇の魔法を知りたがってるんだ。”
トムの流麗な文字が消えた。ドラコはじっと返事を待った。いつもトムの提案にうなづいてばかりのドラコが自分の意見を言ったから、考えているのだろうか。
中々返事が浮いてこなかった。幾ばくか待った。それからやっとインクが染みだして文字の形を作った。
”ドラコ、付き合う人間は選んだ方がいい。”
ギュっと心臓を握られた心地になった。常々ドラコが言っていたこと、父親が言い聞かせていたことだった。トムにとって、ハリーは付き合うべきではない人物なのだ。
ドラコはすぐに言葉を返せなかった。イエス、と書くのは簡単だった。でも、ドラコが唯一自分で選んで決めた友人を、切ってしまうのはあまりにも無情だ。
”でも彼女は、純血なんだ”
必死になって、トムにハリーの良さをアピールする。彼女は両親ともに魔法族だと言ってた。彼女自身の実力も申し分ないはず。
”純血であろうと、グリフィンドールは血を裏切る者共の寮だ。ドラコ、間違えるな。”
ぐるぐると脳内が混乱した。トムを手に入れて、ドラコは自分に自信を持った。なのに今、日記の言葉に心をかき乱されている。トムはドラコの教師で親友で理解者だったけど、やはりどこかで日記だと思っていたのだ。聞き入れたくない。
もう何も書けなくなって、ドラコはただ日記を閉じた。思考がぐちゃぐちゃでまとまらなかった。考えるのが嫌になって、トムの日記をトランクに放り込み、鍵をかけた。
それからというもの、ドラコはたまに気が遠くなるようになった。いつどこで起こるのかわからない。はっと意識が遠くなって気が付いたら別の場所にいる。
ハロウィンの晩も例に倣って気づいたら人のいない廊下に突っ立っていた。手が血まみれだった。いったいどうしたんだろう。怖かった。きっと何かまずいことが起きている。
松明の明かりがゆらゆらと頭上で揺れていた。石でできた城は物音を吸収する。静かだった。バクバク自分の心臓が動いていた。耳元の血管が収縮しているのを感じる。
無遠慮な足音が後ろから迫ってきた。逃げなければ、と思うのに足は床に根付いたように動かなかった。
「マルフォイ、見つけたぞ。」
「急に消えたから、気づくのに時間かかった。」
どやどや騒がしさとともに現れたのはクラッブとゴイルだった。二人に人を探し出す能力があったのかと驚く。手を背後に隠した。
「お前たち、なんでここに。」
夕食時だった。食事が何より好きなこの二人がそれをほっぽってドラコを探しに来た。天変地異の前触れだ。
「最近お前の様子がおかしいってクラッブが言うんだ。仕方ないから気を付けてた。」
「父さんが、マルフォイを見張ってたら次の休みに箒買ってくれるって約束したから、俺はしくじるわけにはいかないんだ。」
早く飯に行こう、と二人が急かした。ドラコは手が気になって仕方なかった。早く洗いたかった。
「僕は少し用事がある。お前たちだけ行け。」
「駄目だぞ、そう言った時は戻ってこないじゃないか。」
クラッブが珍しく食い下がってきた。
「手が洗いたい。」
「バスルームに寄ればいいだろ、早く行こうぜ。」
もう腹が減ってたまらないのだろう、ゴイルが無遠慮にドラコの背を押した。たたらを踏むが、力負けして前に進むしかなかった。
クラッブとゴイルを廊下において一人トイレに入った。無機質な蛇口をひねって水を出す。ざあざあ勢いよく流れる水をぼおっと見た。
頭が火照っていた。冷たい水に手を浸して、洗う。力強く洗う。杖からシャボンを出してさらに洗った。それでも何かがこびりついている気がした。
季節が移り替わって冬になった。ドラコの体調は日増しに悪くなっていたが、心は快調だった。承認欲求が富みに満たされていたからだ。
何故だかわからないが、スリザリン生がドラコを尊重するようになった。ルシウスに傅く他家の者のような態度をとるのだ。これで不愉快になるはずがない。
「やあ、ドラコ。掲示を見たかい?決闘クラブなんてのが行われるらしいよ。きっと君、トップをかっさらえるぜ。」
親し気に上級生がドラコに声をかけてきた。彼の指さす先を見る。羊皮紙には今夜、大広間で第一回決闘クラブを開催すると記載されていた。
「ふうんこんなお遊び、誰が企画したんだろうね。」
「君にとってはお遊びかもな。僕らとは実力が離れすぎてるから。」
上級生のよいしょにドラコは気分がよくなった。
「ま、でも最近戦えてないし僕も参加しようかな。」
「いいね、君の戦いを生で見れるってほかの連中にも教えてやっていいかい?」
「構わないよ。」
ふふん、と得意げな笑いが漏れる。最近じゃどこに行ってもこの調子だった。スリザリン生ならだれでもドラコをほめる。絶好調だった。
夜までに有用な呪文をトムに聞いておこう。ドラコは観衆の中、りりしく相手と戦う自分を想像した。ドラコの杖が黄金に光る龍を呼び、それが相手を貫く。周りは拍手喝采、ドラコを褒めたたえるハリーの姿もあった。
ひと際、夜が楽しみになった。早く陽が沈めばいい。その日受けた授業は気もそぞろだったから内容がこれっぽっちも頭に残らなかった。
ようやく夜になった。夕食後、ドラコはスリザリン生に囲まれて大広間に向かった。
「ドラコ、今日はどんな魔法を見せてくれるんだい?」
「前使ってた、相手の足をクラゲにしちゃう魔法、またやって!」
「それより僕は心神喪失状態にする神経操作魔法が見たい。」
皆口々にドラコに話しかけてくる。言われる内容には心当たりがないものもあったが、きっと忘れているだけだろう。鷹揚に腕を振って、取り巻きをなだめる。
「そんなにいっぺんに話さないでくれよ。……マ、期待しといてくれ。飛び切りのやつをみせてやろう。」
「さすがマルフォイ!」
「スリザリンの力を見せつけてやれよ!」
ドラコは鼻高々だった。周りの欲深い瞳に見つめられるのも、自分の実力ゆえだと思えば快感だった。大手をふるって広間に入る。
すでに結構な人数が集まっていた。中に、ハリーの姿を見つけた。しっかり自分の雄姿を彼女に見せつけられる。ドラコのやる気はうなぎ上りだった。
定刻になり、ロックハートとスネイプが姿を見せた。あのロックハートがこの決闘クラブの主催だという。ドラコのやる気が少し失せた。
二人の教師は用意された金色の舞台に上り、決闘の模範演技を披露した。スネイプにぶっ飛ばされたロックハートを見て腹を抱えて笑う。
「それでは誰か生徒の組にやってもらいましょうか。誰かやってみたい人いますか?」
よろよろと立ち上がったロックハートが舞台から生徒を見下ろして聞いた。すぐさまパンジー・パーキンソンに脇を突かれる。
「やるしかないでしょ、マルフォイ。」
彼女はにこにこと笑っていた。それに押されてドラコは手を挙げた。周りのスリザリン生が大声ではやし立てる。
「こっちはマルフォイだ!」
「おい、グリフィンドール、杖の持ち方もおぼつかない英雄様を出せよ!」
「代わりに私がっていうママは引っ込んでろ!」
挑発に乗ったのかどうかわからないが、殺気立ったグリフィンドール生を抑えてネビルがおずおずと出てきた。
「ネビル、そんな安い挑発に乗ることないのよ!」
ハーマイオニーが叫んでいるのが聞こえる。
「やめろってハーマイオニー。ここまで馬鹿にされて大人しくできるわけないだろ。」
ロンが彼女を止めていた。
ドラコは舞台の上でネビルが上がってくるのを待っていた。ロックハートがネビルの腕を取り、引っ張っている。やり方を教えているのだろう、杖をくねくねと動かしているのが見えた。
「君には助言は必要ないかね?」
背後で低い声がした。スネイプがドラコの後ろに立っていた。暗い影を落とす顔を見上げる。
「ええ、先生。大丈夫です。」
にやっと笑ってみせる。スネイプは表情を動かさなかったが、楽しんでいるような光が瞳をよぎった。
相手も準備が済んだらしい。ネビルが杖を構えた。ドラコも自分の杖をふるい、眼前に構える。
ロックハートが舞台の中央に戻って生徒に静粛を呼び掛けた。
「それでは行きますよ、三、二、一、ハイ!!」
号令がかかった瞬間、ドラコは振り向き呪文を唱えた。
「サーペンスソーティア!!」
バーン!と爆発音がして杖先から大蛇が放たれる。大広間に悲鳴が響き渡った。蛇は舞台を這いずり真っ直ぐネビルに向かっていく。
彼はおびえた顔をして目をぐっと開いていた。
「私にお任せなさい!」
飛び出してきたロックハートが蛇を吹き飛ばす。大蛇は宙で弧を描き、床に落ちた。衝撃でいらだったのか鎌首をもたげ、威嚇音を出している。
生徒に標的を変えたらしい。人数の多さが仇となり、逃げ合う生徒がもつれ合い転んでいた。落下地点のすぐ近くにいた男子生徒に噛みつこうと大蛇が大きく口を開いた。
「駄目!!!!」
澄んだ声が耳を貫いた。ハリーが両手を広げて蛇を呼んでいる。
「おいで、ごめんね飛ばしてしまって。僕らは何もしないよ、だから」
蛇はしばらく威嚇していたが、彼女の声を聴くうちに落ち着いたらしくシュルシュルとハリーの元へ寄って行った。そのまま足から巻き付く。
首元まで上ってきた蛇をハリーは優しく指でくすぐった。
「びっくりしたね、大丈夫だよ。」
大広間はシンっと静まり返った。ハリーが蛇を操った。ドラコは胸がはちきれそうだった。期待と不安と恐怖、綯い交ぜになった感情ががんがんと脳髄をたたく。
奥の方の静かな場所で、冷静な自分がささやいた。
”これで彼女もトムに認めてもらえる”と。
蛇を操った純血のハリーはまさしくスリザリンにふさわしい。トムのお眼鏡にもかなうはずだ。
もしかしたらトムがドラコに命じている偉大な計画に彼女を参加させられるかもしれない。早く、早くハリーと話したい。
決闘クラブが終わる。ドラコは大急ぎでハリーを探した。引き留めるスリザリン生の声など聞こえなかった。
懐にしまっている日記の重さを感じる。速足で廊下に出た。見覚えのある後姿を見つける。その手をドラコはぎゅっと握った。
「ハリー。」
「……ドラコ」
久しぶりに聞いた、自分の名を呼ぶ彼女の声はやっぱりはっきりとして美しかった。
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