1-2 人生で最低の日
ゴドリックの谷。イングランド西部地方に位置する静穏な村。
そこにハリーは父親と二人で住んでいる。喧噪も賑いもここからはどこか遠く、ただ静かな日々を過ごしていた。
一日の始まりは日の出とともに、一日の終わりは日の入と共に、緩やかな時間の流れの中にこの村はひっそりと佇んでいた。
ハリーは今年7歳になるが、この村の外は母親のいる病院ぐらいしか知らなかった。
ハリーの世界は父親と、屋敷しもべ妖精のベル、それから村の老人たちで完結していた。
母親のいるあの病室はハリーにとっては非日常で、ベッドの上に横たわっている自分の母親は、物語の中の眠り姫と大差なかった。
ハリーの父であるジェームズは半身に酷い呪いを受けていて、ハリーが5つになる頃にはもうベッドからあまり動けなくなっていた。
ユーモラスなジェームズは「パパは鋼鉄で出来た最強ヒーローだったんだが、間違えて海で泳いで以来年々錆びてきてしまっている。」なんて言っていたが、もうハリーも一人前なので、錆びるのは金属だけなことを知っていたし、ジェームズが金属でできてないことにも気づいていた。
ぎゅっとハリーを抱きしめる腕も頭を預ける肩も全部ほっくり暖かいのに金属なわけがない。
だけど、ハリーが気づいてると知ったらジェームズはガッカリするだろうから父親思いのハリーは知らないふりをしていた。
ハリーたちの住む家に訪れる客は珍しい。村からも少し離れた位置にあるので、わざわざ来ようとしない限り、来るのは郵便配達員くらいだ。
だからいつもお客さんは魔法使いばっかりだった。彼らは直ぐ裏の森に姿現しをして玄関までやってくる。
真っ白なお髭のダンブルドアさんに、犬になってやってくるシリウスおじさん。あとは本当にたまにスネイプが来る。
彼はリリーの病院で出会す方が断然多いが、ダンブルドアが来られないときにお使いで遣されることがあるのだ。
同い年の友達はいない。村にはそもそも子どもが少ない。それに魔法族の子はハリーだけだったから、仲良くなるのが難しかった。優しい大人たちに囲まれてハリーは長閑な日々を過ごしている。
その日は天気が良い、風の冷たい日だった。
ハリーはいつも通りに外に牛乳を取りに出た。ぴかりと朝日が顔を照らす。丘陵の向こうからおはようの日差しが眩しい。さわさわと揺れる原っぱは秋の終わりの今ではすっかり枯れてしまっている。
くしゅん、くしゃみが漏れた。ハリーはさっさと扉を閉めて、ベルが朝ごはんを作っている暖かい台所へ引き返した。
ホワホワと漂う湯気はコンソメのいい匂いがする。ソーセージはじゅわじゅわ音を立てて、その横に目玉焼きが四つ焼かれている。
ハリーは牛乳を冷戸棚にしまった。寒くなってきても、朝飲む牛乳は冷えているのが好きだ。
「お嬢さま、もうすぐでおできになりますので、ご主人さまにお声をかけていらしてください。」
「うん。」
ベルに言われるままにハリーは父親の寝室へ向かった。鳥の鳴き声が聞こえる。裏の森にはいろんな動物がすんでいるから、こんな辺鄙な場所でも聞こえてくる音がにぎやかだった。
一階の一番日当たりが良い部屋がジェームズの寝室だ。漆喰の壁に、窓が四つ並んでいる。中央にはダブルサイズのベッドが据えてあって、そこから手の届く位置に本棚とサイドチェスト、それから足の長いテーブルがある。
ハリーはこんもり膨らんでいる布団の山に飛びついた。
「父さんおはよう!朝だよ!」
ギュッとジェームズに抱きついてから、ベッドを乗り越えると反対側の窓のカーテンを開ける。
レースの日よけから朝の陽ざしが落ちて布団に影を作った。
「おはよう、僕のピグミーパフ。今日の君は何色だい?」
「今日はラベンダー色だよ、この前買ってもらったキルトでリボンがついてるやつ。」
ジェームズの視力はもともと悪かったのもあってもう影ぐらいしか判別できない。
だから毎朝ハリーの今日のお洋服を伝えるのが日課になっていた。
「そうか、もうずいぶん寒いからお転婆なキミにはちょうどいいや。あったかくするんだよ。」
「大丈夫だよ、今日もお外は晴れてるもの。」
「おや、僕のお姫様は風の子だね。でも頼むからコートを着て出かけてくれ、僕の蚤の心臓が止まってしまう。」
大げさに心臓を抑えて見せるジェームズにハリーは笑った。
父子二人だけで生活していても陽気な父親と共にいれば退屈なんて感じる暇がない。
ハリーが一番好きな一日の過ごし方はジェームズのベッドに上がって一緒にいろんな空想をすることだ。
二番目は彼が学生時代を過ごしたホグワーツの話を聞くこと。若いころに随分やんちゃをしていたらしいジェームズの話は、波乱に富んでいて面白い。
魔法の学校で探検に明け暮れた話、禁じられた森に忍び込んだ話、クィディッチで大活躍した話。
どの話を聞いてもハリーの心は浮足立った。ホグワーツに入学するのが楽しみで仕方なかった。
父のように信頼できる友達を作ることが、ハリーの目標だった。
父親の冗談に笑いながらハリーはカーテンをすべて開けて、ベルトでまとめる。それからベッドの上で食事が出来るようにテーブルを布団にのせた。
「ハリー、今日はダンブルドアが来るんだ。お昼の用意を一人分多くしてほしいとベルに伝えてくれるかい?」
「ダンブルドアさんが来るの?やったぁ、一緒にご飯出来るの嬉しいな。」
父親から告げられた朗報にハリーはぴょんっと飛び上がりその場でくるくる回った。
真っ白なおひげに長ーいローブ、ハリーは優しく撫でてくれるダンブルドアは大好きなお客様だ。
父親以外では一番好きな人だ。だってダンブルドアはハリーの事を忘れない。ジェームズの隣に座っているハリーを見てびっくりしないのだ。
ベルにこのニュースを伝えるべくハリーはジェームズの寝室を出ると台所に駆けていった。
「まあダンブルドア様が!それではわたくしはしっかり準備なさります。お昼のお客様は久々ですね、お嬢さま。」
既に朝食の準備を終え、ジェームズ用に綺麗に盛り付けられた盆を持ったベルが大きな目を瞬いた。
「そうなの!とっても楽しみ!早くお昼にならないかな…。」
自分用の盆を持ってベルの隣を歩くハリーの足は弾む。大勢で食事をするのは楽しいんだとジェームズが言っていたから、ハリーはお客様を迎えるのが好きだった。
良うございました、とほほ笑むベルにハリーも笑い返す。屋敷しもべ妖精のベルはハリーにとって祖母のようなものだった。種族は違えども大事な家族だった。
彼女がいなければハリーとジェームズは生活できない。とっても優秀でとっても優しい素敵な家族だ。
「父さん、お待たせ。朝ごはん持ってきたよ…」
寝室の扉をあけながらハリーがジェームズに声をかけた。返事がない。
「…父さん??」
ガシャン、とハリーの手から盆が落ちた。先ほどまでいつもと変わらず元気そうだったジェームズの体が真っ黒になっている。
ぜーぜーと荒い呼吸も聞こえた。
「やだ!!父さん!しっかりして!」
もつれる足を必死に動かしてハリーは父親へ縋り付く。冷たい。余りの冷たさにハリーは縋った手をぱっとひっこめた。情報が処理しきれない。冷えた指先を温めようと拳を握る。
息が出来ない、どうしてこんなことになってしまったのか、全くわからない。どっどっと心臓が大きく動く。怖い、死んでしまう、このままではジェームズが…
「ハリー、ダンブルドアを呼んでくれ…」
ヒューヒューなる息の間からジェームズがハリーに頼んだ。
「あ…え…?」
目の前の光景が幾重にも重なり、平衡感覚が失われていく。ハリーの耳はジェームズの声を拾ったが、内容まで理解できなかった。
「お嬢さま、わたくしがお呼びになります!!」
「…べ、べる?」
バチンッと大きな音を立てて隣にいた屋敷しもべ妖精が消えた。足元が抜けて奈落の底へ落ちていきそうだった。
ハリーはもう一度父の手を握った。固く冷たかった。逝ってしまう、と無意識に思った。
見開きすぎて乾いた目から次々に涙が落ちていく。
いつか来る出来事だった。ハリーは知っていた。ジェームズが歯を食いしばりながら、「ごめん」と謝った姿は記憶に新しい。
父は長く生きられない、だからお別れの準備をしなければならなんだ、とジェームズは時間をかけてハリーに話してくれていた。
でもそんないつかが今日来るなんて思わなかった。いつかはいつかであって毎日出会う今日ではないのだと、ハリーは思っていたのだ。
このままずっと三人で暮らしていけると、信じていた。
バチンッ。再びなった音にハリーは顔を向けた。
「ジェームズ…」
そこにはダンブルドアを伴ったベルの姿があった。彼は痛ましげな眼をしてハリーとジェームズを見ている。
「ダンブルドアさん!!お願い!父さんを助けて!!」
ダンブルドアは世界一の魔法使いと聞いていた。矢も楯もたまらずハリーはダンブルドアに駆け寄り、そのローブの掴んで懇願した。
「…すまなんだ、ハリー。わしにももうどうする事も出来ない。せめて最後にお別れを言う時間を作れる程度じゃ。」
聞きたくなかった。そんな言葉は望んでいなかった。もう大丈夫だ、わしが来たからにはジェームズを助けられる、そういってほしかったのに。
「やだ!!やだよぉ、一緒にご飯食べるって言ったのに、今日はどんないたずらしようかって決めたばっかりだったのに!!!」
ハリーはダンブルドアの足元にうずくまって泣き喚いた。ジェームズの笑った顔が目の前にちらついて離れない。
これでお別れなんて、言われたって信じられなかった。だって父さんはいつも明るくて愉快で、ハリーが抱き着いたら笑って抱きしめ返してくれるのに、明日からそれがなくなるなんて考えられなかった。
ぼたぼたと鼻水と涙が床に落ちた。そっとダンブルドアの手がハリーの頭を覆って、また離れていった。衣擦れの音が耳の脇を通っていく。
どうやらジェームズの枕元に立ったらしいダンブルドアが何か呪文を唱えだすのが聞こえた。その静かな囁きにハリーは少し落ち着きを取り戻した。
床から起き上がると、ダンブルドアの向かいに回った。涙が後から後から流れてきて止まる気配を見せないが、ハリーはジェームズの手を握って不明瞭な視界で彼の顔をじっと見た。
これが最後になってしまうなら少しでも長く生きている父の顔を見ていたかった。荒い呼吸を繰り返す、苦しそうな顔だってかまわない。生きているジェームズを少しでも覚えておきたい。乱暴に涙をぬぐいながらジェームズの顔を見続けているハリーの背をベルの細い手がさすった。
「ジェームズ!!」
吠えるような大声が玄関から聞こえてきた。ドドドドッと地響きのような足音が寝室に迫ってくる。
荒々しく開け放たれた扉からシリウスが飛び込んできた。
「ダンブルドア、ジェームズは?!」
「……日暮れと共に。」
獣のような眼光を鋭く光らせてシリウスが歯ぎしりした。
「…どうにもならないのか、ハリーから移したように呪いを移せないのか。」
「同じことじゃ。君が呪いを引き受けてもいつか君が死ぬ。」
ダンブルドアの静かな視線にシリウスはいらだたしげに歯噛みした。
「…クリーチャー!!」
シリウスの呼びかけに呼応して、バチンッとくたびれた屋敷しもべ妖精が現れた。
「お呼びでしょうか、シリウスさま」
じっとりと陰気な目つきでその妖精はシリウスを見ていた。初めてベル以外の屋敷しもべ妖精に出会ったハリーは彼女とのあまりの違いに驚いた。
クリーチャーは薄汚れて、ボロボロの布を着ていた。ベルの清潔な枕カバーとは大違いだった。
シリウスが忌々しげに舌打ちをする。ハリーはびくっと身をすくめた。
「ダンブルドア、こいつに呪いを移せないか?」
「……本気で言っておるのか?わしは君の正気を疑う。」
「俺のしもべだ、俺がどう使おうと構わないだろう?頼む、ジェームズに死んでほしくないんだ。」
クリーチャーは無感情に床を見ていた。一体シリウスが何を言っているのか、ハリーは一瞬わからなかった。
クリーチャーがシリウスの屋敷しもべ妖精であるのなら、彼は家族ではないのだろうか。ハリーとベルのように。
なんでこんなにジェームズを苦しめている呪いをクリーチャーに移すと言えるのか理解できない。ハリーは恐ろしくなった。
ダンブルドアは首を縦に振らなかった。だけどシリウスは諦めずに何とか説得しようと言葉を重ねている。
彼の鋭い視線がジェームズの手を握っているハリーを見つけた。僅かにシリウスの目が見開かれる。
「…ハリー、君もジェームズに死んでほしくないだろう?君からも頼んでくれないか。」
ギュッと心臓がわしづかみにされた。ぎりぎりと搾り上げられる心が痛い。ハリーだってジェームズに生きていてほしい。だけど、違うのだ。ダメなのだ。
だって屋敷しもべ妖精はハリーにとって家族なのだ。
「だめ、だめだよ。おじさん。クリーチャーはおじさんの家族でしょ?」
震える膝を叱咤してハリーはまっすぐシリウスを見つめた。彼の瞳からすとんと感情が落ちる。
「私に家族などいない。」
深淵を覗き込んでいる気分になった。ハリーは間違っていないはずなのに、間違えた気持ちになった。
シリウスの目が怖かった。裏切り者だと詰られているようだ。
カタカタ震えるハリーを見たダンブルドアが厳しい表情でシリウスに向き合った。
「君が何と言おうとわしはこの呪いを移しはせん。」
シリウスの顔が絶望に染まった。憎悪の匂いがする。焼けつくような感情がハリーに迫ってきた。
ハリーだって叫びだしたかった。もうすぐジェームズが逝ってしまうのに枕元で喧嘩をしないでほしい。
ジェームズはみんなの笑った顔が好きなのだ。だから、最後は笑顔で見送りたいのに。湧き上がる感情は肺を膨らませ、大声となってハリーの中からあふれた。
「笑わないなら出て行って!!!」
吐きだした息は急速に窄まり、ハリーはジェームズの枕に突っ伏した。落ち着いてきていた嗚咽が再び喉から漏れ出す。
「……ハリ、ぃ」
蚊の鳴くような声でジェームズがハリーを呼んだ。
「父さん!」
「僕は、この呪いを誇りに思う、君を、守れた、証拠だから。笑ってくれ、君の顔が見たい。」
吐息と変わらぬ声量で呟かれた言葉をハリーは懸命に聞き取った。忘れたくない、この声を、この言葉を。
ジェームズがハリーの中で生き続けてくれるように、大事に心で受け取ろうとした。
「僕、笑ってるよ、ね、父さん。大丈夫だよ。もう7歳だから、スピニジもレバーも好き嫌いしないよ。」
「さすが、僕の子だ。ハリー、君が幸せに生きてくれることを祈っている。」
そう言い残してジェームズは再び目を閉じた。話している間中シリウスもダンブルドアも、物音ひとつ立てなかった。
静寂が、部屋の中に満ちた。外は明るく晴れて鳥の歌声が聞こえてくるのに、この部屋だけ影の中に取り残されていた。
ひりつくような激情に満ちていたシリウスも黙って枕元に侍った。ダンブルドアが呪文を紡ぐ声だけ聞こえる。何度も玄関の呼び鈴が鳴った。
その度にベルが応対に出て、部屋の中にどんどんと人が増えていった。いつの間にかクリーチャーもベルを手伝っていた。
やがてジェームズの周りは人で埋まり、ただすすり泣く声と、荒い呼吸だけが聞こえていた。ハリーに言葉をかけて以来、ジェームズは目を覚まさなかった。
太陽が天の頂点を越えて陰っていく。刻一刻と日の入りが近づいてきた。ハリーはジェームズの手を握り続けていた。その手はいくら握っていても冷たかった。
やはりジェームズは鋼鉄で出来たヒーローではなかった。金属でできていたのなら、ハリーの体温がうつって暖かくなるはずだから。
日が沈む。太陽が丘陵の向こうへ消えていこうとしている。最後に長い光を投げて、空から太陽が落ちた。
10月の最終日、ジェームズは息を引き取った。
死の霧がジェームズの体から霧散していく。真っ黒だった肌がどんどん元の色に戻っていく。肌色の右手にハリーの涙がぼたぼたと落ちた。
ハリーの涙がいくらかかろうとももうジェームズの体に錆が広がることはない。彼は自分の死を持ってその呪いに打ち勝ったのだ。
塩っ辛い涙で、ジェームズの顔はびしょ濡れになった。
ハリーの父親はいたずらっぽい笑顔を浮かべて旅立った。
教会の鐘が鳴る。黒い喪服を着た行列の先頭にハリーはいた。葬式に屋敷しもべ妖精は参加できないから、ハリーは一人きりの家族としてジェームズを弔った。
後ろについて歩いてくる人たちはみんな見たこともない人ばっかりだった。一度も会いに来なかったのに大げさに泣いてる人もいる。
ジェームズはお客さんが大好きだったから泣いてくれるなら遊びに来てほしかったな、と思う。
神父が祈りの言葉を唱え始めた。鐘が最後の音を鳴らす。黒い棺が地中におろされ、みんなで土をかけた。
一人、また一人と弔問客が帰りだした。11月の初め、冬の始まりの葬式は、心だけでなく体も冷やした。
シリウスとダンブルドア以外誰ひとりいなくなっても、ハリーはジェームズの墓の前に立っていた。
「おやすみ、父さん。」
大輪の百合の花を添える。母、リリーの代わりとして、その花を持ってきた。母さんが居たら、ハリーの隣で肩を抱いてくれていただろうか。
枯れたと思っていた涙がまた滲んできた。
「私はピーターを捕まえる。」
いつの間にかシリウスが隣に立っていた。そっと彼の顔を見上げるが、その視線はジェームズの墓に注がれていた。
「あいつが、ベラトリックス達にジェームズの任務のスケジュールを漏らしたんだ。」
だからあの日、ハリーが攫われ、リリーが虐げられたのだ、とシリウスが独り言のようにつぶやく。
ハリーは返事をしなかった。なんて答えたらいいかわからなかったし、今はそのピーターという人に怒る元気もなかった。
「絶対にジェームズの仇を取る。」
そう宣言するとシリウスは踵を返して墓地から出て行った。ハリーはその細長い背中をぼんやり見送った。
「ハリー、帰ろうか。君のところのベルが作る料理は大層わし好みでな、構わなければこの後ご相伴にあずかっても良いじゃろうか?」
「ダンブルドアさん……」
ただ一人残ってハリーに寄り添ってくれる老人の顔を見上げる。キラキラと輝くブルーの瞳と目が合った。
「ハリー、わしは君と友人になったつもりでいたのじゃが、いつまでもさん付けで呼ばれるのはすわりが悪いの。」
「……え?友達?」
「そうじゃ、今までも良くおしゃべりしてきたじゃろう。」
「うん、してきた。それじゃ父さんがいなくなっても僕に会いに来てくれる?」
「もちろん。……どうかわしの事はビーと呼んでおくれ。なかなか可愛かろう?」
「ミツバチ?」
「ああ、蜂じゃから気ままに飛んでハリー(ヒイラギ)のところにとまりにくる。」
「うふふ、ビー、ありがとう。」
ようやく少しハリーは笑えた。ジェームズがいなくてこれからが不安でしょうがなかった。
ハリーはまだ7歳で誰を頼っていいかわからなかった。大人の庇護なしにはきっと生活出来ないとわかっていた。
だからダンブルドアがこうして友達になってくれて安心した。ハリーにはまだベルとリリーがいるけど、こうして味方になってくれる人がいるのは心強かった。
そっと差し出された手を取って、ハリーはダンブルドアと一緒にベルの元へ帰った。
あの家にはもうジェームズがいない。それを実感してしまうのが恐ろしくてなかなか帰れなかったけど、ダンブルドアがついてきてくれた。
当分ハリーは泣くだろう。家のどこにもジェームズが居なくて。家のどこにもジェームズの面影があって。
だけど、笑顔でいる。父が好きだったハリーの顔で。もちろん幸せになる。父が願ってくれたから。
春よ来い、早く来い。寒い冬は部屋にこもり、新たな季節を待ち望む。
冬の王は鹿を仕留めてヒイラギとヤドリギ、キヅタで身を飾る。豊穣の女神は冥界に落ち、太陽神を身ごもった。
もうすぐ目覚めの季節がくる。日の入とともに始まって、日の入とともに変わる時。
白樺の女神がそこまで来ている。
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