1-4廻る季節
ハリーの家に滅多にやってこないものの一つにふくろう便がある。ハリーには遠くに住んでいる親戚もいなかったし、友達だってダンブルドアくらいだったからそれは当然のことではあった。
だから11歳になって、漸くやってきた入学案内はハリーを大いに興奮させた。
「ベル!クリーチャー!手紙が来たよ!!」
「ようございましたね、お嬢様。」
「当然でございます。」
手紙を持って台所に駆け込んできたハリーを一人は柔らかく、もう一人は少し呆れた顔をして迎え入れた。
ダンブルドアが三年程前に突然連れてきたクリーチャーは、もう良くこの家に馴染んでいる。クリーチャーはシリウスのしもべ妖精だったから、連れてきてしまって大丈夫なのかと当初ハリーは心配していた。ハリーはベルがいなければ暮らしていけないから、シリウスもそうなんじゃないかと思ったのだ。だけど彼はピーター・ペティグリューを追って海外を飛び回っているので平気なのだという。
それならば遠慮はいらない。ハリーは家族が増えたことを素直に喜んだ。
初めはぎこちなかったクリーチャーもハリーがあんまりにも馴れ馴れしいので、根負けしたようだ。
今ではすっかりもう一人の保護者のような立ち位置だった。
「これ、どうしよう。いつ学用品買いに行けば良いんだろう。ねえ二人ともどう思う?」
興奮が振り切れたハリーは取り出した便箋を振り回してひと所に落ち着かない。
これは日付が決まらない限り延々と言い続けるだろうなと思ったクリーチャーは、彼女の先生に押し付けることにした。
「マダム・バグショットに聞いてみたら如何でございましょうか。」
「クリーチャー、天才!ちょっと出かけて来るね!」
ハリーは勝手口の横に引っ掛けてあるマントを被ってあっという間にそこから出て行った。
「お嬢様はもう11歳だというのにおてんばでいらっしゃいます。」
「それが可愛らしいのでございます。」
屋敷しもべ妖精二人はハリーが開けっぱなしにして行った扉をパタリと閉めた。
家から村へ繋がる砂利路をハリーは駆け足で進んでいた。両脇には木の柵が立ち、その向こうは牧草地になっている。丘の上には教会が見えた。朝の光に照らされて、天辺の十字架からそのままの黒い影が地面に落ちている。
教会の脇にはジェームズの墓があるのでこの道はもう目を瞑っていても歩ける。どこの石が出っ張っていて、どこに水溜りがあるかなんてハリーにはお見通しだった。
教会からさらに村へ続く一本道を降ったところにバチルダの家はある。授業はハリーの家で行っているのでここに来るのはそう頻繁でもなかったけど、それでも目に慣れた家だ。
呼び鈴も押さずにハリーは勝手に中に入った。バチルダは読書をベルの音で邪魔されるのが大嫌いなのだ。だからいつも彼女の家を訪ねるときはノックも何もせずに家の中に入り、本を読んでいるバチルダの隣に座って気付くのを待っている。
「おやハリー。」
リビングへ入ったら珍しくバチルダはお茶をしていた。本を持っていない彼女を見るのは変な気分だ。
「こんにちは。あのね、入学案内が来たの。」
「もうそんな時期だったのねぇ。それならロンドンへ行かなければね。……アルバスに誰か手配してもらいましょう。」
てっきりバチルダが買い物に付き合ってくれるものだと思っていたハリーは面食らった。
「先生は行かないの?」
「私、ダイアゴン横丁嫌いなのよ。」
バチルダは好き嫌いが激しい。そう言われて仕舞えばハリーは引き下がらずをえない。
でも多分ダンブルドアもハリーの買い物に付き合えるほど暇ではないだろうし、いったい誰と行くことになるのだろう。
ちょっとだけ不安になった。
「僕一人でもいけるかな?」
「無理ね、荷物が多すぎるわ。今日は家に帰って私が連絡するまでおとなしくしてなさい。アルバスのことだからとっとと誰か寄越すわ。」
ハリーの(かすかな希望を込めた)提案は一蹴された。
知らない人と二人きりで買い物なんて、急に言われても困ってしまう。でもバチルダは茶器を片付けるとハリーをそのままにして書斎に戻ってしまった。もうハリーは入学案内を手にもと来た道を帰るしかなかった。調べ物をしているバチルダに何を聞いても無駄だ。
日暮れまで帰らないものだと思っていたハリーが意気消沈して戻ってきたので妖精二人は大慌てでハリーの好きなクッキーを皿に出し、ホットミルクを用意した。
「ビーに頼んで別の人と行けって」
「まあ、それはそれは」
「気難しい方でいらっしゃいます」
好物で僅かに元気になったハリーは妖精たちに事情を話した。
ハリーは、バチルダと行けないならベルとクリーチャーと共に行きたかった。
だけどそれはダメなのだと言われた。屋敷しもべ妖精と、年端のいかぬ子どもだけでは危ないのだそうだ。
ハリーにはよくわからない理屈だった。しもべ妖精はハリーよりずっと魔法が上手なのに、なんでだろう。
指先一つで家事をこなす姿を見ていると、世間で言われているようにしもべ妖精が魔法使いより劣るとは思えなかった。
「大丈夫でございます、ダンブルドア様がよく取り計らってくださいます。」
そう励ますベルに、ハリーは弱々しく微笑んだ。
ダンブルドアがハリーにまずい人を送るわけないけど、出来ればハリーを見失わない人がいいな、と思った。
それから二、三日してダンブルドアから手紙が来た。バチルダがしっかり頼んでくれていたようだ。
手紙には「親愛なるハリー、明日の朝にルビウス・ハグリッドが君を迎えに行くよ。
彼がダイアゴン横丁に連れて行ってくれる。なに、ルビウスは気の良い男じゃ。君もきっと仲良くなれるだろう。」
と書いてあった。初めて見る人の名前に、ハリーの心臓は鼓動を速くした。
緊張もあったけどそれより、また新しく友達が出来るかもしれない期待の方が強かった。
翌朝、ハリーは早々に目を覚まして、魔法使いの洋服に着替えた。
ポシェットの中には学用品のリストとお金を入れた巾着、首にはお供のホーラ。
それからいつも着ているローブを羽織ればいつでも出掛けられる。
朝ご飯のオートミールに蜂蜜をかけてゆっくり食べた。添えられているブルーベリーはハリーが裏の森から摘んできたものだ。これを食べると視力が良くなると聞いてからハリーは積極的に食べている。ハリーの視力はあまり良くない。父のジェームズも眼鏡をかけていたからおそらく遺伝なんだろう。だけど、鼻の上に眼鏡がのっていると、小さな穴に顔を突っ込むとき邪魔なのだ。かけなくて済むならそれがよかった。
あらかた皿を片付けた頃、玄関の呼び鈴が鳴った。まだご馳走様を済ませていなかったハリーは、椅子から降りることを許されず、ベルが迎えに出た。
ハグリッドという人が気になって仕方なかったハリーはオートミールの残りを勢いよく掻き込み、それを見たクリーチャーが顔を顰めた。
玄関から人の足音が近づいて来る。「こちらでございます。」と案内するベルの声も聞こえる。ハリーは大急ぎで口を動かし、最後の一口を頬張った。その間中、お行儀が悪いとクリーチャーが足元で怒っていても、視線を台所のドアから剥がせなかった。
大きな足音がドアの前で止まった。戸が開く、はじめに覗いたのはベルの横顔。
その後ろには何やら黒い垂れ幕。あんなところにタペストリーなんて飾ってあっただろうか。ハリーは首を捻った。
「ハグリッド様!屈んでください!」
ベルがキーキー声を張り上げてその垂れ幕の上の方へ叫んでいる。
もぞりと後ろの垂れ幕が動いて、ハリーは漸く合点が入った。
あの黒い布は大きな男の人のコートだったらしい。
モジャモジャの頭を屈めて入ってきたその人はおっかなびっくり天井を見上げている。
頭をぶつけないように距離を測っているんだろう。
「うわぁ、大きい…!」
思わず呟いてしまって、ハリーはパッと口を覆う。心の中をそのまま言葉にしてしまうのはお行儀が悪いのだ。大慌てで謝った。
「ごめんなさい、僕、その驚いちゃって。……はじめましてハリー・ポッターです。」
なんとかオートミールを食べ切って、椅子からおり立ち頭を下げる。
ベルの真似をしてちょっとだけスモックの端を摘んでみた。
「いやいや、気にしなさんな。おれはルビウス・ハグリッドだ。ダンブルドア先生から聞いてるか?」
「はい、一緒にお買い物をしてくれるって。」
「そうだそうだ。いやぁしかしお前さんはリリーにそっくりだなぁ。」
「母さんを知ってるんですか?」
「もちろんだとも。お前の両親はおれの友人だ。」
ハグリッドは親しみやすい笑顔をハリーに向けた。モジャモジャの髭の下に隠されてる口がにっこり笑ってるのが見える。
リリーに似ていると言われてハリーははにかんでしまった。
「えへへ、」
病院でねむるリリーはとても綺麗で本当にこの人が自分の母なのだろうかとたまに思ってしまうハリーにとってそれは嬉しい言葉だった。
「本当はもっと早く会いに来たかったんだが、おれはホラ、でかいだろ?こんな小さな村で目立っちゃいけねぇってんで遠慮してたんだ。」
「そうなの?」
ハリーに会いたがる人なんて今までほとんどいなかった。
ジェームズが生きてる時はみんな彼のお客さんだった。
なくなってしまった後に会いに来てくれたのはダンブルドアだけだ。
「おうとも、友だちの娘だ。仲良くなりたいに決まっとろうが。」
「じゃあ、じゃあ僕とも友達になってくれる?」
期待に言葉が急いて、声が上ずった。
「友達になる以外になにかあるか?やっと会えたんだ、ハリーに。」
さも不思議そうに戻ってきた返答にハリーの頬はにわかに上がった。
「やったー!!」
飛び上がって喜びを発散する。そばでやりとりを見守っていたベルが拍手をしていた。
「当然だ、お嬢様の申し出を断ろうとするヤツをクリーチャーは知らない」
その脇に立っていたクリーチャーは胡乱げな目でハグリッドを見ながら小声でぶつぶつ言っていた。幸いなことに、喜び飛び回るハリーの歓声でその声はだれにも届かなかった。
ロンドンまで買い物に出るのは一日仕事だ。なのでハリーとハグリッドは早々に家を後にした。
「いってきます!お土産買って来るね!」
ハリーが楽しそうに宣言した瞬間、妖精たちが固まった。
「ベルは遠慮なさいます。」
「クリーチャーは何も聞こえない。」
サッとそっぽをむいて知らないフリをしている。
ハリーのお土産というのは蛇が半分脱皮してる死体だったり、奇妙な色のキノコだったり、悪戯小僧が好んで持ってきそうなものばかりで妖精たちが喜んだものは実は一つもないのである。
きっとダイアゴン横丁でもロクなものを調達してこないと彼らは分かっていた。
「むっ…」
「お土産を買う暇があるかわからんぞ、ハリー。早く行かにゃ。」
口を尖らせているハリーの背をハグリッドが優しく叩いた。(見事に体勢を崩してタタラを踏んだ。)妖精たちの様子から彼はハリーがなかなかジェームズ似の性格をしているんだろうと察していた。
だからこの話題に長くとどまっているべきではないとも分かったのだ。
「ロンドンまで何で行くの?」
「おれは暖炉を使うと詰まるからなぁ、セストラルで行こうと思うが…ハリー、お前さん高いところは…」
「大好き!!」
かねてより森で木登りに勤しんでいたハリーである。食い気味に返事をした。
「そんなら心配はいらねぇな。」
ピィー!とハグリッドが指笛を鳴らした。裏の森から何かが飛び立つ音が聞こえてきた。
空から影が降って来る。
あ、と思う間もなく目の前に羽の生えたウマのような生き物がいた。
「うわぁー!」
「美しかろう?え?」
ハリーの感嘆にハグリッドが誇らしげに胸を逸らした。
「こいつは力持ちで、おれとお前と荷物くらいだったらあっさり運んでくれる。……ヨッと、ちゃんと捕まっとれよ。」
ハグリッドがハリーを持ち上げて背中の鞍に跨がらせてくれた。その後ろから彼も乗り込む。
「じゃ、いくぞ。それ!」
バシンとムチを打たれて、セストラルが空に舞い上がる。
びゅうびゅう打ち付ける風が、ハリーの赤毛を乱した。おかっぱに切り揃えてはいても、髪の束が顔を叩く。
でもそんなの気にならないくらい、空の旅は素晴らしかった。
あっという間に野を越え山を越えいくつかの街を越えてロンドンの郊外に着いた。ここからは電車で行くらしい。
ハグリッドがマグルの金は分からんと、発券機の前でごちゃごちゃ手間取っていたので、ハリーが横から口を出した。バチルダの授業でマグルのお金を見たことがあった。それきりだったが、なんとか二人分の切符を買えた。
色んな知識を与えてくれたバチルダに感謝である。
ハグリッドの隣にギュウッと詰めて座り、ガタガタ列車に揺られる。あの村からはリリーの見舞い以外出たことがない。その見舞いでさえ、スネイプが家まで迎えに来て彼と煙突ネットワークを使って向かうのだ。マグルの生活を間近に見るのは初めてだった。
鉄の箱の中にいくつもの椅子が詰め込まれ、ドアの上では文字が光っている。
列車は長いトンネルを走行しているらしい。
窓の外には石の壁と白い灯りが点々とあるだけだ。
ゴォゴォと巨大な塊が空気を裂く音と、レールを走る車輪の振動がうるさかった。
椅子に座る人々も見慣れない格好をしていた。
どの人も当たり前の顔をして列車に揺られている。
ハリーは床に張り付いている黒いゴミですら気になって仕方がないのに。
自分にとっての非日常はこの人たちの日常なのだろう。
知らない事だらけの世界は面白かった。
約一時間ほど列車に揺られると、ようやくアナウンスが目的の駅名を告げた。ハリーは居眠りしているハグリッドの腕を揺さぶった。
「起きて、ハグリッド!ついたよ!」
「ん、ああ…」
寝ぼけ眼のハグリッドを急き立てて、ドアの前に立つ。
列車がホームに滑り込んだ。
わさわさと他の乗客たちと共に降りる。
ハリーとハグリッドはホームの壁に貼ってある地図に近づいて、どこから地上に出られるか調べた。
その間に共に降りた乗客は全て居なくなり、また新たな列車がやってきた。
二、三本の列車と乗客が通り過ぎた。ハリーたちはなんとか地上まで辿り着く道を見つけた。
「ホグワーツの抜け道より厄介だった。」
日の光を浴び、魔の地下鉄を抜けた達成感からハグリッドが晴れ晴れと言った。
「そいじゃ、こっちだ。漏れ鍋へ行こう。」
ごった返す人混みをハグリッドがかき分けて進んでいく。ハリーはその後ろについていけばいいので楽だった。
背の高いハグリッドは歩幅も広いがハリーを気にしてゆっくり歩いてくれるのではぐれないで済んだ。
寂れたパブに着いた頃にはもう日がすっかり上りきり、その光で地面をじりじりと焼き付けていた。
戸を開けて店の中に入る。人の熱で温められた空気がハリーを包んだ。パブの中は賑やかだった。どの客も思い思いに寛いでいる。もうここは魔法界のようで、頭上をグラスやジョッキが通り過ぎた。
暑さを感じて羽織っていたローブを脱ぐ。
「ん?ハリーその首のやつは…?」
ローブに隠されていたホーラに気づいたハグリッドが声を上げた。
「僕のペットのホーラだよ。」
「いやはやたまげた。この国でお目にかかれるなんてなぁ。東の国の水蛇だ、その子は。」
「珍しいの?」
「ああ、この国ではな。きっと密輸されてきたんだろう。」
「そうなんだ。」
ハリーは指を伸ばしてホーラの頭をくすぐった。小さな白蛇は頭をもたげ、嬉しそうに舌を出し入れしている。それをハグリッドは嬉しそうに見ていた。
「可愛らしいなぁ、よーくお前さんに懐いてる。この子がいれば水には困らんぞ。」
「へえ!ホーラ、すごい!」
「うむ、どんな場所だって澄んだ泉を見つけてくれる。」
ホーラがどんな魔法動物なのか、ハリーはよく知らなかった。バチルダもダンブルドアも、ホーラがどの種類の蛇かは知っていても、何ができるかは知らなかった。
ハグリッドはとても魔法動物に詳しいようだ。
二人はホーラについて話しながら、パブを抜け、裏庭に出た。
ハグリッドが傘を取り出してレンガを三度叩く。ブルブルとレンガの壁が震えて、その向こうにダイアゴン横丁が現れた。
何度か来たことがあったから、ハグリッドに続いてハリーもすんなり歩き出す。
「まずは教科書、そん次に筆記用具。その後に魔法道具だな。」
学用品リストを二人で覗き込みながら道順を決める。
(魔法史の教科書がバチルダの本だったので、これは買わなくてすみそうだ。)
本屋に入り、教科書をどっさり買う。その後は羽ペンと羊皮紙、ノートにインク壺とインク。
薬屋に入って基礎魔法薬の材料を手に入れて、その横の鍋屋で錫の大鍋を買った。
その時点ですでに大荷物になったがまだ買い物は終わらない。バチルダが一人では買い物できないと言った意味がよく分かった。ダンブルドアが力持ちのハグリッドに頼んでくれた理由ももれなく分かった。
お昼になったので一回漏れ鍋に戻って食事をした。ハリーは豆のシチューと白パンにカボチャジュースを頼んだ。
「後は何がいるの?」
「あとは、制服と望遠鏡と杖だな。」
「僕、父さんの杖を使おうと思ってるんだけど……」
ちぎったパンを口に放り込む。もぐもぐ咀嚼しながらなんの気無しにそういうとハグリッドが難しい顔をした。
「うーん杖はなぁ、できれば自分のを買った方がいいぞ。一年生のうちに杖を折っちまう生徒もいるしな。」
まだ咀嚼仕切っていなかったパンの塊をゴックリ飲み込んでしまった。
ジェームズの杖を折るなんてとんでもない。ハリーはすぐに自分の杖を買うことに決めた。
お腹も満足したので、ハリーたちは再び買い物に繰り出した。
ハリーが制服を作っている間にハグリッドが望遠鏡を買ってきてくれるといった。
ちょっと疲れてきてたのでとてもありがたかった。マダム・マルキンのところには何人か新入生らしい子どもがいた。どの子も親と楽しそうに新品の制服を試着していた。一人きりのハリーにはちょっと居心地の悪い空間だった。
寂しい気持ちを押し殺してなんとか採寸を終える。ぴょんっと台を降りてお会計をした。店の外には望遠鏡を持ったハグリッドが待ってくれていた。
「さあもう一踏ん張りだ、ハリー。オリバンダーの店に行こう。」
日が傾いてきた。足元から伸びる影がもう大分長くなってきている。
ハリーとハグリッドは石畳を並んで歩いた。
古き良きと形容するか、時代に取り残されたと酷評するか好みが分かれそうな店が二人を迎えた。軋む扉をそっと押すと、予想以上にドアベルが大きく響いた。
「いらっしゃいませ、杖ですかな?」
店の奥からオリバンダー老人がいそいそと現れた。
「はい」
独特な雰囲気に飲まれて口の中が乾く。
「杖腕を出してください。」
口を一文字に結び、ハリーは右腕を差し出した。
「ふむふむ、よろしい。ではこちらから試していただけますかな。」
巻尺が自動でハリーの腕をはかる。それを繁々と眺めて、オリバンダーが棚から一つ箱を取り出した。
そっと箱から杖を取り出し、軽く振り上げる。
「うむ、違うな。ではこちらを。」
次々杖が渡されて、動かさないうちに取り上げられる。ハリーの脇の机にどんどん杖と箱が積み重なっていった。
「なかなか逢いませんの……おや、これは。」
楽しそうにハリーに杖を渡し続けていたオリバンダーがホーラに目をとめた。
それから何か一頻り考え込むと一つうなづいて店の奥に引っ込んだ。
「これを出すのはあまり本意ではないのじゃが……」
そう言って差し出されたのは真っ白な杖だった。
「白樺に不死鳥の羽、26センチ、柔軟で軽やか。……まだ駆け出しの頃に作った杖でしてな、長い付き合いだったがそろそろ頃合いかもしれぬ。」
そっと指を添える。既視感がハリーを襲った。懐かしい。何故だかわからないがそう思った。
杖を振り下ろす、パッと一面に花が舞った。
「お見事!」
オリバンダーの声が飛ぶ。
色とりどりの花びらが頭上から降ってくる。祝福のようだった。
「綺麗……」
「なんとこりゃすごい」
ハグリッドとハリーは思わずため息をついた。
「この不死鳥は美しい雌の不死鳥でしてな、自ら一枚、羽をくれたのです。……行ってしまうのは悲しいが、彼女が君を選んだのなら嬉しいことじゃ。」
美しい杖を両手で握りしめ、ハリーはオリバンダーに向かってうなづいた。
自分がこの杖に選ばれた。その事実がとても嬉しかった。
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